正直な話、予想外と言うよりも意外だった。
千尋はその場に残され、そしてただただ呆然としていたのである。
その出来事は遡ること数時間前。二人で街を見下ろしながら山を散歩していた時だった。
「いかがですか、姫。この景色は絶景だと思われるのですが」
「うん、すっごいいい眺め!こんな場所があったなんてちょっとびっくりしたよ」
「私もこの場所を見つけた時は感動をしました。そして姫に教えたいとそう思ったのです」
「そっか。ありがと、布都彦」
「い、いえ。滅相もない・・・・・・」
千尋の満面の笑みを見て、思わず布都彦は赤面した。
少しは予想していたものの、それ以上の笑顔が自分に返ってきたため、当然といえば当然なのかもしれない。
布都彦の胸の奥に熱い想いがじわり、じわりと流れ込んでくる。
「? 布都彦? どうかした?」
「い、いえ。何でもありません」
「そう? ちょっと顔が赤いけど?」
熱でもあるんじゃない、そう言った千尋が取った行動は布都彦の予想の範疇を超えていた。
思わず驚いて目を大きく開く。
目の前に千尋の顔が、しかも至近距離にあるのだ。
ぴたりと布都彦の額に自分の額を当てて熱の具合を確認する。
こんな近くに千尋の顔があるのだから、これで冷静でいられる方がおかしいと布都彦は思う。
それぐらいに布都彦の気持ちは揺れていた。
「ひ、姫!」
「ん?」
「ち、近すぎるかと・・・・・・」
「そう?」
不思議そうな顔を浮かべて千尋は小首を傾げた。
「だって布都彦のことが心配なんだもの。熱が出たら困るじゃない。それに・・・・・・」
言いよどんだ千尋の頬にはうっすらと赤味が差す。
布都彦は首を傾げて千尋を見つめると、何か決意したように目の前にある双眸を真っ直ぐに見つめた。
「好きな人のこと、気にして何が悪いの?」
あまりにも真っ直ぐな答え。
布都彦は驚きのあまり声が出ず、上手く言葉にすることができない。
嬉しいと思う気持ちと同時に生まれるのは自分は千尋の臣下であるということ、そのことが脳裏を掠める。
「姫・・・・・・・・」
「私だって年頃の女の子だもん。それに言ったでしょ。私は布都彦のことが好きだって」
きっぱりと言い放つ千尋の言葉は真っ直ぐすぎて、眩しい太陽のようだと布都彦は思う。
その想いに応えたい、そう思うのに素直な言葉が出てこなくて。
「・・・・・・大丈夫だよ。布都彦がいえないのわかってるもん。だから言葉にしなくても・・・・・・」
いいよ、と言いかけた言葉は風に攫われた。
正確にはその言葉は喉の奥へと飲み込まれた。そう、千尋の言葉は布都彦の中へと仕舞われる。
不意打ちだった。
それは驚きのあまりに声が出なくて。
「・・・・・・・・・」
ぱちり、と瞬きをする千尋に布都彦は苦笑いを浮かべながら千尋の手を握った。
何が起きたのか恐らく正確に理解するにはもう少し時間がかかるのだろう。
それでもいいと思う。
言葉にはできない、でもその想いには応えたい、その気持ちが布都彦の背中を押した。
気づけば形良い唇に自分の唇を重ねたのだった。
そう今までの布都彦ではありえない行動でもあったのだが、布都彦の気持ちは思ったよりも晴れ晴れとしていた。
いつも千尋に大切なものをたくさん貰っている。
だから、何かで返したい。
「布都彦・・・今・・・・・・」
「私は、あなたの創る国を見たい、そう思っています」
「布都彦・・・・・・」
「あなたの傍で。それが許されるのならば」
小さく笑って布都彦が千尋を見つめると頬を紅く染めた千尋は「うん」と一言だけ返した。
それ以上の言葉は不要だった。
ただ、想いだけは自分の中に流れてきて、思わず握り締める手を強くする。
「ありがとう、布都彦」
今はその言葉だけで十分で。
その気持ちだけが千尋の心の支えなのだと改めて認識するのだった。
終