【1 もう一回だけでいいから(羽一)】(2人の関係 5題(1))
どうしてあなたを好きになってしまったのだろう―――?
くい、と腕を掴まれて一の姫は思わず息を呑んだ。
そうもそのはず。腕を掴んだのは羽張彦で、羽張彦の瞳が真剣で思わず目を逸らしたくても離すことができない。
「どうしたの?」
内心ドキドキする胸を抑えながら一の姫は羽張彦へ問う。
「・・・・・・いや?何でもない」
「何でもないって」
一の姫は苦笑いをこぼした。理由を口に出来ない羽張彦はある意味珍しい。
ある意味不安を覚えながらも、でもどこかでそんな羽張彦を愛しいと思う自分に気づく。
「ねぇ、羽張彦」
「うん?」
「何か思うことがあるなら言ってね」
「は?」
「何か悩んでたら言ってね、ってことよ」
「あ、ああ・・・・・・」
驚いているのだろう、羽張彦を横目で見つめながら一の姫は再び歩き出す。
何を彼が考えているのかなんてわからないけれど、でも何か役に立てることがあるなら力になりたいから。
好きになってしまったら、そう考えてしまうのは仕方のないことだから。
そして自分が何も言わせないのを彼は気づいているから。
だから―――。
「なぁ、一の姫」
「なあに?」
「名前」
「名前?」
「もう一度呼んでくれないか?一度だけでいいからさ」
真剣な眼差しに一の姫は小さく笑って返す。
「羽張彦」
「ああ」
曖昧に、でもどこかはっきりしている声に一の姫は目を細めてもう一度言葉にする。
「羽張彦」
「・・・・・・ありがと」
照れながら笑う羽張彦を見つめてそっと腕を絡めた。
一瞬息を呑んだものの、羽張彦はそれを離すことはなくただ黙っている。
「いいのか?」
「誰も見てないわよ」
「まぁ、それもそうだ」
小さく笑いながら返す羽張彦に笑って応えて。
ただそれ以上の言葉を紡げない自分に泣きそうになったなんて言える訳ない。
ごめんなさい、あなたを好きになって。
ごめんなさい、何も言わせなくて。
言葉にできない言葉を胸の奥に押し込めて一の姫は茜色の空を見据える。
夕暮れ時の、短い時間。
二人の影が長くなる日のこと。
終