どうしてあなたに惹かれてしまったのかなんて。
誰にも理由はわかるわけない。
梶原朔は本日何度目かわからないため息をつく。
ベッドのすぐ脇に座った朔は自分を責めていた。
私はなんてドジなんだろう。
そう言ったところで立場など変わるわけではないとわかっていても、
目の前にいる男を目の当たりにしてしまえばそう呟きざるを得ない。
なぜなら。
「さて、梶原さん。Tシャツを脱いでいただかないと湿布が腫れないのですが」
にこやかに笑う男――もとい、名前、武蔵坊弁慶。
御歳25歳。昨年大学を卒業した後にこの学校に保健医として着任した。
その美貌に思わず女生徒からため息の声がきこえてきたものだ。
「・・・・・・それとも景時に報告した方が良いですか? 朔」
「・・・・・・わかりました」
思わずうっと言葉に詰まり、朔は仕方なくTシャツを脱ぐ動作を始めた。
確かにTシャツの下にはまだキャミソールを着ているし、大丈夫といえば大丈夫。
そう、普段ならこんな余計なこと考えずにすむというのに、こんなことを考えてしまうのには理由があった。
梶原景時、朔の兄でありこの学校の理科教師のせいでもある。
実はこの学校に赴任する前から、兄の景時の大学の後輩でもあった弁慶は、度々梶原邸に遊びに来ていた。
弁慶が一年の時からだから、もうかれこれ五年ほどの付き合いでもある。
最初は兄の友達だから、そう思っていた。
その立場が変わったのは一年ほど前。
つまりこの学校に赴任する直前にそれは起こったのだ。
「僕は朔さんが好きです」
「え?」
我が耳を疑ったものだ。
何をいきなり、と言いかけたところで、弁慶の顔が近づき、そうして私のファーストキスを奪ったのだから。
それ以来、私の半径50メートル以内に近づけば容赦なく抵抗した。
それでもやはり弁慶、そんな様子に気をとめることなく飄々としているから余計に腹が立つ。
私のこと何も知らないくせに。
同じような顔をして色んな女性を虜にしてるんでしょう?
私はその手に乗らないわ。
一度は騙されそうになったけど、私は違う。
だって、あなたが言う好きは本気かどうかわからないもの。
その笑みの向こうに潜むあなたの本当の顔なんて、私は知らない。
兄が言っていたもの。
あいつに泣かされた人は多いって。
「朔?」
「あ、はい」
弁慶の声で朔ははっとなる。
手が止まっていたことに気づいて、がばっとTシャツを脱ぐとキャミソール姿になる。
何でバレーボールをしていて、背中を打つのか。
自分自身が恨めしかった。
何よりも、この男の前でこんな姿になるのが一番腹立たしい。
「ひんやりとしますからね。良いですか?」
「はい。・・・・・・どうぞ」
ぺたり。
ひんやりと電流が走るような衝撃が朔の身体を貫く。
「ひ・・・・・・っ」
ぽんぽんと背中を叩いて「さぁ、おしまいです」と楽しそうに弁慶は呟く。
これだから嫌なのよ、この人は。
毒づいたところで仕方ないけれど、朔は再びTシャツへと手を伸ばして掴んだ。
掴むと同時に、もう片方の空いた手が掴まれる。
「え・・・?」
思わず振り返って私は弁慶を見つめ、弁慶はというとにこやかに微笑んでいる。
「さて、ご褒美の一つでも頂きたいのですけどねぇ」
一応、景時には黙っておきますし、口止め料って事で。
悪魔のささやきが耳に届いて一瞬思考が停止した。
それって。
「な・・・・・・っ!」
さ、頂きますよ。
ふふっと楽しそうに笑った後、弁慶の顔が近づく。
近づかないで。
そんな顔で私を見ないで。
かあっと顔の温度は上昇し、恐らく顔は真っ赤に染め上げていることだろう。
いい加減に、そう口が開くと同時にその唇は塞がれる。
塞がれるとその勢いに負けて朔はベッドに倒れこむ。
掴まれている手が熱い。
塞がれている唇も熱い。
体温が、熱が身体全体に上昇する。
深く口付けされて、ようやく唇が開放されたかと思ったのもつかの間。
首筋に痕を残して満足げに微笑む弁慶を見据えると睨みつけた。
「なん・・・ってことをしてくれるのよ!」
私の怒りは収まらず、睨みつけたまま弁慶に言葉を求める。
どうして、こんな男に。
抵抗できない?
私は痕をつけられた首筋を隠すように手で覆った。
「そうですねぇ。理由としては二つほどあります」
「は?」
「一つ目は変な虫が寄り付かないため。最近のあなたはてんで鈍い」
「はぁ?」
「二つ目に主張ですね」
「は?」
「あなたは僕のものだと言う印です」
さわやかな笑顔でそう答えられ、私は言葉を失う。
何てことを言うのだ。私自身好きだとは一切答えてない。
想いに答えていないと言うのに。
「この、大馬鹿者〜〜〜〜〜っ!」
声と同時にばちーんといい音が響き渡った。
勝手に肯定しないで。
勝手に私の気持ちを無視しないで。
私の大きな声は保健室に響き渡り、そうして弁慶の頬に平手打ちを食らわせると、
私はTシャツを着て保健室を後にした。
抵抗できない理由は自分でもわかってる。
どうして、こんな男を。
好きになっちゃったんだろう。
とんでもない男なのに、どうしようもない男なのに。
手を離すことさえできない。
「もう、なんてことしてくれるのよ・・・・・・っ!」
首筋につけられた痕が火照る。
ぎゅっと唇を結びながら廊下をばたばたと走っていた。
きっと、絶対に素直な想いなど口にはしない、そう心に決めて。
終