「お、可愛い寝顔だねぇ」
「羽張彦」
形良い唇が綴る言葉に羽張彦は目を細めた。
金色の髪の毛が漆黒の髪の毛の少女の膝の上で流れ、羽張彦は少しばかり膝を曲げる。
「この子の寝顔を見ていると、色んなことが馬鹿らしく思えるわ」
くすり、微笑むのは漆黒の髪の毛の少女、この中つ国の第一王女である一の姫だった。
「ああ、そうだな」
羽張彦もまた一の姫の言葉に頷くとそっと一の姫の膝の上で眠る金色の髪の毛の少女、二の姫の艶やかな髪の毛に触れ、撫でた。
自分よりも高い子供の体温。少しばかり汗をかくのは、春から夏へと季節が変わろうとしている午後だから。
「ねぇ、羽張彦」
「うん?」
「時は黙っていても流れてゆくものね」
「いきなり何を言い出すかと思えば」
「今、思ったの。あなたもまた身長が伸びたでしょう?ここにある木々はいつの間にか葉をつけて、緑の色が濃くなっているわ。
この子だって、身長が伸びた。皆少しずつだけど変わっているのよ」
「ああ、よく気づいたもんだ。俺の身長が伸びたことに気づいたのは風早ぐらいだと思ってたけどな」
「あなたのことなら気づくわ」
さらりと言葉を言い返されて、羽張彦は言葉に詰まる。
まるでそのことが気にならないのか、一の姫は二の姫の頭を優しく撫でながら言葉を続けた。
「変わらないものなどない。私だって昔に比べたら変わった部分がきっとあるのよね」
「そうだな。一の姫もこんなに小さかったのに」
「そんなに小さくなかったと思うけれど」
「まぁ、捉え方は人それぞれってことで」
穏やかに微笑む一の姫の表情を見つめ、羽張彦は息を吐く。
いつからだろう、こんな表情をするようになったのは。
「変わったところ、か。いつの間にかそう言う表情するようになったよなぁ、一の姫は」
「え?」
「心の底から笑うことが少なくなった」
きっぱりと言い放たれた言葉は、一の姫の言葉を飲み込んだ。
どうして、あなたは気づいてしまうの。
そう顔に書いていたのだろう、羽張彦は一の姫を見据えたまま言葉を口にする。
「姫が俺のことを気づくように、俺もまた姫のことなら気づくってわけ」
「・・・・・・気づかなくていいことばかり」
「それはお互いさま」
「間違ってないわね」
くす、と笑みを零して自分の膝の上で眠る二の姫へと視線を映した一の姫は瞼を伏せて言の葉を綴る。
それは祈りにも似た願い。穏やかで、いつまでも変わらぬ風が凪ぐことを望む一の姫の。
「穏やかにこの子が眠っていられる、そんな世の中であれば良いって思うの」
「そうだな」
「そうなれるように私は頑張りたい、私はそうなれる?」
一の姫の問いに、にっと口の端を上げて羽張彦は言葉を返す。
「ああ、なれるさ」
「ありがとう、羽張彦」
交わす瞳の向こうにあるのは深い想い。
共に過ごしてきた時間がその言葉の答えを知っているのだから。
時は静かに移ろう。
まだ先の未来を知らない、そんな穏やかな初夏の午後。
想い、そして願いは静かに陽射しに溶けてゆく。
どうか、笑顔のままで。
微笑むことを忘れることのない、未来を。
終