朝陽

ああ、これが朝日なんだ。
一言だけ呟かれた言葉は、白い吐息と共に空に溶け込んだ。



冬も半ばを超え、あと少しで春の訪れを知らせる花が咲く頃、千尋は朝早くに目が覚めた。
冬の朝はとても寒く、最初はもぞもぞと体を縮まらせていたのだが、こう朝早くに目が覚めることはなかなかないと意を決して起き上がった。
ぶるっと体を震わせ、寒さが体温を奪っていく。
だが、千尋は寒さに屈することなく着替えを終えると布を羽織って部屋の外へと出かけた。
朝日が山の線を少しずつくっきりと形を見せ、それに見入って黙って立っていると遠くから風を切る音が聞こえた。
何だろう、と首を傾げながら千尋は音のする方へと足が赴くと、そこに見えたのは大きな槍と一人の男の後姿だった。

「布都彦・・・・・・?」

見慣れた後姿に思わず声を漏らした千尋に気づいた槍の使い手は、布都彦だった。

「姫」

目を大きく見開いて槍の動きを止めると、布都彦の頬に汗が滴り落ちるのが千尋の目に映る。

「朝からお疲れ様。いつもこの時間からやってるの?」

「はい。それが私の常日頃の行いですから」

「ある意味那岐に見せてやりたいよ。朝苦手だからなぁ、那岐」

千尋の苦笑いにつられるように、布都彦もまた小さく笑った。
千尋を守る一人である鬼道使いの那岐は寝るのが好きなのだろうと思うくらい、色んな場所で寝ているところを見かける。

「姫は、どうされたのですか?」

「あ、私?私は単純に目が覚めたから。ちょっと散歩してたら音が聞こえて来てみたの。そうしたら布都彦がいたから・・・・・・」

「なるほど。すみません、朝から」

「ううん。すごいなぁって感心してた。私も那岐のこと言えないけど、朝苦手だからなぁ」

あはは、と笑う千尋に布都彦は曖昧な笑みを浮かべると白んだ息の向こうに見える朝日を見つめた。
千尋もまた朝の陽の光を瞳を細めて見つめる。

「・・・・・・・きれい」

「ええ」

「太陽の光って元気が出るんだよね。今日も頑張るぞーって気になる」

布都彦は千尋の声に頷く。

「一日の始まりはやっぱり太陽の光がなくちゃね」

「そうですね。太陽は・・・・・・姫のようですから」

さらりと風のように告げた言葉が千尋の胸に響いた。
瞬きを繰り返して、千尋は茶色の瞳を見つめる。

「私?」

「ええ、私にとって、姫は太陽に等しいものなのですから」

「ええっ!?」

驚きのあまり千尋が声を挙げると、布都彦は苦笑いを浮かべる。

「姫の笑顔は太陽のようなのです。私の力の源となる、その黄金色の艶やかな髪も、その笑顔も姫は太陽のようなのですから」

「布都彦・・・・・・・・・」

じわりと胸の奥が熱を生み、千尋はぎゅっと唇を噛んだ。
熱は身体に満たされる溢れんばかりの想いを焦がす。
その熱はやがて大きな力となって、千尋に勇気を与えた。
ふっ、と千尋の頬が緩み、布都彦はただただ千尋をじっと見つめる。

「・・・・・・まだやるの?」

「はい。己の身体と心を鍛えることは大事ですから」

「じゃあ、見てて良い?邪魔はしないから」

「姫、身体が冷えるので、部屋に戻った方が良いと思うのですが」

困った表情を浮かべる布都彦に千尋はもう一度願いを口にした。
ダメだって言われるのは分かってる、自分の立場を一番に思いやる布都彦だと言うことも知ってる。
でも、傍で見ていたかった、それが千尋の本音。

「見てちゃダメ?」

千尋がもう一度願いを口にして誰がそれを断れようか。
布都彦は小さなため息を吐くと、自分の身体に羽織っていた大きな布をばさりと舞う音と共に千尋の身体を纏わせる。
千尋は驚いて瞬きを繰り返すと布都彦を見つめて尋ねた。

「・・・・・・いいの?」

「姫が風邪を引けば皆が心配します」

「ありがとう、布都彦」

再び振りまいた千尋の笑顔に布都彦は息を呑んだ。


―――ああ、やはりこの人は自分にとっての太陽だ。


布都彦の柔らかな笑みに千尋は気づいて微笑み返す。
再び手にした槍を振り上げ、布都彦は空を切った。



想いを胸に。
あなたにとって一番の楯となれるよう、そしてその笑顔を守れるように。







*あとがき*
朝の寒い日に浮かんだ話です。
これ、本当は正月仕様にしようと思っていましたが、普通になってしまいました。
っていうか、あの当時の正月とかよくわからなかったんだ!仕方ないんだ!(笑)
久しぶりに書いてみましたがいかがでしょうか?
楽しんで頂ければ幸いです。