いつだって、どこにいてもあなたのことを想ってる―――
夏服の季節が過ぎて、少しばかり風の冷たさを感じる季節になった。
首元がなんとなく淋しくて、マフラーをつけ始めたのはもうかれこれ数日前。季節の変化って早いなぁなんて思う。
もうすぐで冬なんだなぁと実感しながら、いつもの待ち合わせ場所へと歩いていた。
大学への推薦入試を控えてるため、練習室で毎日トランペットを吹く日々。
先輩の音が好きだからこっそり練習室のドアの傍でいつも聴いて、帰る時間が近くなったら待ち合わせのファータ像の前に行く。
毎日そうしてるわけじゃないけど、ほぼ毎日そんな日々を繰り返していた。
この音色を毎日聴く日々なんて残り僅かだと、わかっているからこそつい聴き入ってしまう。
別に今生の別れってわけじゃないのに、気持ちが急かされて、どうしようも落ち着かなくなるから。
一歳の差は大きいんだよ、先輩。
返すことの無い問いを、からの空気に絡めて白みがかった息と共に呟かれた。
いつだって最後にはそんな答えしか出せない自分が嫌でたまらない。
「あーあ、早く大人になりたいなぁ・・・・・・」
「どうして?」
呟く言葉に返す言葉があって、思わずびっくりして振り返った。
「和樹先輩」
「香穂ちゃん、ずーっと空見て難しい顔してるんだもん」
「そんなに難しい顔してました?」
そう問うと素直にうんと頷いて言葉を続ける。
「だって、ここに皺寄ってたよ」
私の眉間に人差し指をあてて、ね?なんて首を少しななめにして。
そんな顔するなんて、反則だと思っていても声には出せない。
恥ずかしくて、言えない。
「何で、大人になりたいの?」
さっきの呟いた言葉に、先輩は再度問う。
言葉に少し詰まって、先輩を見て苦笑いで返した。
「・・・・・・香穂ちゃん?」
優しい言葉で言うから、だから。
最後には折れてしまう、そんな自分が悲しいと言うか情けないと言うか。
たとえ自分が言いたくない言葉を言ってしまうとわかっていても。
「・・・・・・・だって、和樹先輩と同じになりたいんだもの」
「同じ? 年がとか?」
「それもそう。でもいつも先輩は余裕を持ってて、私は全然余裕無くて、ずるいって・・・・・・」
思うんです、最後までそう言いたかったのに、言えなくて。
寒いせいか、鼻のてっぺんが少しだけ冷たい。
不安なの。
悔しいの。
一歳下と言うだけなのにどうしても不安になる。
わかってる、みっともないって。
でも好きだから、大好きだから同じ学年の女の人とかとしゃべってたりすると距離を感じちゃったりするし。
何をやっていても、どこにいてもいつも一番に考えてしまうあなただから。
俯きながら、そんなことを考えていると、急に顔をぐいっと持ち上げられた。
「せ、先輩?」
触れる頬にあたたかいぬくもりがじわりと広がる。
先輩の双眸に私がしっかりと映っているのが見えた。
「見える?」
「え?」
「おれの目には香穂ちゃんしか映ってないよ」
「先輩・・・・・・・・」
「・・・・・・おれだって、不安なんだよ? 香穂ちゃんかわいいし。
土浦たちと話してる時とか、クラスの男友達とかとしゃべってるの見るとやっぱりおれだって面白くないし、不安になるんだよ」
「でも」
「でもも何もないよ。香穂ちゃんは、おれのこと信じられない?」
そう言ってきた瞳はあまりにも真面目で、じっと見つめられて恥ずかしいのだけど、でもそれがなんだか嬉しかった。
不安に思うのは誰だって一緒。年なんて、全然関係ない。
泣きそうになりながら一言「信じる」と呟くと、ほっとしたように和樹先輩の瞳が緩んだ。
あ、いつもの先輩だ。
「寒い中待っててくれたんでしょ。頬冷たいよ?」
「・・・・・・平気。和樹先輩と一緒に帰りたいもん」
口を尖らせて言うと、頬に触れていた手を離し、今度は私の手を握る。
そうしてくすっと笑って私を見ていた。
「ほら、冷たい」
私の手を取るなり、先輩の頬に押し付けられて、直にそのあたたかさを感じる。
「せ、先輩・・・・・・」
なんだか急に恥ずかしくなって、先輩を急かすと「あ、ごめん」と悪びれもなく笑って返す。
そんな先輩を見てるとなんだか脱力してしまった。
ホント、油断もスキもないんだから。
頬に触れていた手を今度はぎゅっと握って手を繋ぐ。
そのあたたかな心地に心を奪われながら、約身長二十センチ差の先輩を見上げた。
視線に気付いた先輩は何?と首をかしげて、私の顔を覗く。
「やっぱ、いいなぁって」
「何が?」
「先輩と、こうやって帰るの」
ふふっと笑いながら、早く帰りましょうか、と呟くと突然黒い影が降って来た。
軽く触れるだけのキス。
すぐにそれは離れてしまったけれど、まだ残るその感触に頬が朱へと染まっていく。
ここ、学校の校門前ですよ、もう。
「へへっ」
笑って、瞳はごめんって笑って。
そんな先輩がかわいくて、でも時折見せる顔はかっこよくて。
感動屋さんで平気で泣くところも、悩んでる姿も、全部好きだから。
「和樹先輩の、バカ」
口ではちょっと怒ってるけど、瞳は笑って。
「ごめんね、香穂ちゃん」
そう言うと、今度こそ歩き始めた。
もう暗くなった空にはぽつり、ぽつりと星が輝くのが見える。
いつも一緒に帰るのに、それでも足りないと思うのは、こうやっている時間がいとおしくてたまらないから。
空気は澄んで、一段と寒さを増すのにどうしてこうもぽかぽかあたたかいのかは。
隣に和樹先輩がいるからなんて、そんな答えは当たり前すぎる。
繋いだ手と触れた指先が、その答えを後押ししているのはきっと―――
和樹先輩の笑顔だってこと、多分間違ってない。
終