桜が咲きそうで咲かないそんな季節がもう訪れようとしていた。
泣かない、って決めたから泣かない。
そう何度も言ったことをふっと桜の木を見て思い出す。
『卒業、おめでとうございます』
決して言葉にはしないものの、口はその形を作る。
少し会う時間が減るだけ。
少しだけ距離が長くなるだけ。
そう言い聞かせて、自分のネクタイをきゅっと締めて踵を返して歩き始めた。
「香穂ちゃーんっ!」
勢いよく後方から聞こえてくる声に思わず笑みを零して振り向くと、そこには会いたい人の笑顔が見えた。
「和樹先輩」
まるで犬みたいと心の中で呟くも、それを言うと拗ねてしまうのであえて噤んでおく。
いつもころころと表情を変えて飽きさせない人。
でも、その裏ではすごく考える人だとわかったのは出会ってから数ヶ月経った頃だった。
最初に気づいたのはその奏でる『音』。
明るいだけの音だったのに、いつの間にか思わず口を噤んでしまうほど、深みのある音を出すようになった。
今でもその音色と沸き起こる感情を忘れたことはない。
「おはよう!」
「おはようございます」
「天気、良いね」
「そうですね」
二人でしゃべる内容は他愛のないことなのに、言葉や仕草の度にドキドキする胸をきゅっと押さえつけた。
きゅっとなるのには淋しさから来る苦しさや、本当にこの人が好きと言いたくなるその切なさが込められている。
何とも言えない感情が自分の心を支配していた。
視線をその横顔に移し、横目で覗き見しながらその笑顔を見つめる。
この笑顔が毎日見れなくなるのかぁと思うと少し淋しい気持ちになり、思わず視線を足元へと移した。
こんなにも淋しい気持ちになるのは彼だから。
一歳の差は大きいと思えば思うほど何とも言えない感情が押し寄せてくる。
「香穂ちゃん?」
「は、はい?」
「どうしたの?」
――――どうしたのって、そりゃあ・・・・・・。
察してくださいよと口の中で呟くもそれを言葉には表すことはなかった。
淋しいと感じるのは私だけなのだろうか。
じっと彼を見つめて、無言の抗議をした。無駄かなと思っていながら。
その視線を受け止めた彼は苦笑いして言葉をこぼした。
「俺さ・・・・・・正直言うともっとこの学校にいたいんだ」
「和樹先輩?」
「だってさ、香穂ちゃんとこうやって同じ制服着られるのも今日が最後、大学はある程度近くても香穂ちゃんいないんだし・・・・・・・」
おれ淋しいよと呟く言葉に眉を寄せた。
何だ、同じこと思ってたんだと思ったら彼の後ろから抱きしめる。
「か、香穂ちゃ・・・・・・」
「私も」
「え?」
「私も和樹先輩と離れるの嫌だなって思ってた・・・・・・私だけじゃないんだって思ったら嬉しかったんです」
だから、もう少しこのままでいてください。
ぎゅっと抱きしめるその手を離さない。背中からでも伝わる規則正しい鼓動に耳を傾ける。
ここにいる、それだけで今は幸せで。
あぁ、この人を好きになって良かったと思う。
「ねぇ、香穂ちゃん」
「はい?」
「休みの日は絶対に一緒にいようね」
「はい」
「おれ、オケ部の様子毎回見に行くから」
「待ってます」
「あ、でもそんなにいたら変に思われるかなぁ・・・・・・」
「大丈夫ですよ。王崎先輩だって毎回見に来るじゃないですか」
くすっとわらって、それが振動として伝わって。
「そうだね」
と呟いた。
淋しくても、ちゃんと想いは通じているから。
淋しいのは自分だけじゃない。
一緒にいたいと願えばいつだってそこにいてくれる人だから。
時にはすれ違って、涙することもあるけれど。
でも。
「私、和樹先輩のこと大好き」
そう言うと息を一瞬止める気配を感じるも、すぐに静かに息を吐いた。
「俺も。俺も香穂ちゃんのこと大好きだから」
「先輩、待ってて」
「うん。待ってる。一年なんてすぐだよ」
「うん・・・・・・」
だから、笑って言おう。
「和樹先輩」
「ん?」
「卒業・・・おめでとうございます」
あなたの未来が明るいと良いなと願って。
同じ制服を着ながら、さわやかに流れる風が間を通り抜けていくのを感じて、また一つ季節が通り過ぎるのを感じていた。
もうすぐで桜が咲き始める、そんな頃――――。
終