※この話はオフ活動で書いた『Lovers Concerto−affetuoso』のある一部から派生した物語です。
ぐす、ひっく、と珍しい嗚咽を漏らす声に、思わず金澤はぽかんとドアを開けた手をそのままにただ呆然と立ち尽くしていた。チャイムが鳴り、ドアを開けたらそこには泣きながら立っていた彼女の姿に驚きを隠せない。
普段簡単に泣くような人じゃないことは金澤も良く知っている。むしろ意地になって泣かないタイプだということも。
だが、今目の前にいる彼女の姿は何なんだと、思わず目を疑った。
「どうしたんだ?」
「・・・・・・・・・」
無言のままただ立ち尽くす彼女を家に上がるよう促し、金澤はそっとドアを閉めた。
一年くらい前に引越しをした今の部屋は二人で過ごすにはちょうど良いくらいの大きさ。
その大きな部屋のリビングの一角にあるソファにちょこんと座り込んだ彼女は動きもしなかった。
「菜美?」
訝しげな眼差しで彼女の顔を覗き込むとぼんやりとした表情のまま、形良い唇が俄かに動いた。
「・・・・・・・・・・・・ないよね?」
「は? 何がないんだ?」
うまく聞き取れず、思わず聞き返すと唇をぎゅっと噛みながら自分を見上げる菜美の姿を見つけた。
何かを堪えようとしているその表情はあまりにも痛々しい。
自分とケンカした時とてこんな表情をすることはないのに。
「変わらないものなんて、ない、でしょ?」
「あ・・・・・・ああ」
「でも、絶対に変わらないものだってあるでしょ?」
「ああ、そうだな」
「でも、これだけは変わらないって、そう、思ってたのに」
うーと唸るように声を漏らす菜美にどうすれば良いのかわからず、子供をあやすように抱きしめ、背中をゆっくりとさすった。
抱きしめられた菜美はと言うと、ぎゅっと子供のように離さないと言わんばかりに抱きしめ返す。
こんな反応は珍しい、そう思いながら落ち着くまで背中を撫でていた。
一体何があったというのか。
どうして滅多に泣かない天羽菜美が泣いているのか。
わからないことだらけだが、落ち着けば事の次第を話すに決まっていることぐらいわかっていたため、敢えて尋ねず、言葉を待つことにした。
抱きしめてから五分強くらいだろうか、その閉じられていた唇をゆっくりと開いたのは。
ぽつり、ぽつりと話をする菜美の言葉に耳を傾ける。
「香穂がね・・・火原先輩と別れたって」
「日野が?」
「うん。でもね、香穂の表情、すごく苦しそうだった。嫌いになって別れたんじゃないってすぐにわかった」
「そうか」
「でもね、香穂に何でって聞いたら『自分は火原先輩の足枷にしかなれないから』、そう言ったんだ」
「・・・・・・そうか」
ここにきて漸く話の筋が理解できた金澤は泣いていた理由を理解した。
つまりは、親友の恋が終わったことを言われ、でもそれを納得していないのだ。
ある意味子供っぽいと言えば子供っぽいが、その親友の恋を誰よりも応援していた分、悔しいのもあるのだろう。
変わらないと信じていたもの。
でも、変わってしまうものがあるということ。
「香穂、まだ火原先輩のこと好きなんだよ。きっと忘れられるはずなんてない・・・」
「そんな辛い表情を見るのが辛いか?」
はっと顔を上げて自分を見つめる菜美の顔は驚きすぎるくらい驚いた表情をしていて、思わず苦笑いをこぼす。
「多分、笑っていて欲しいんだと思う」
「うん、そうだな」
「笑ってる香穂が一番好きだよ」
「ああ」
「あ、もちろん紘人も好きだからね」
誤解しないでよと言うあたり元気になってきたのだろう、「ああ」と頷きながらこつんと軽く頭を叩いた。
「泣いたらお腹が空いたろ? 今日は作ってあるんだ」
「ホント?何?何?」
「とびきり辛いカレー」
「ホント?紘人のカレー大好きだから嬉しい」
「ゲンキンだなー。さっきまで泣いてたくせに」
ぴん、と額を突くと小さく笑う菜美の姿があった。その表情に思わず顔がゆっくりと綻ぶ。
炊きたてのご飯をよそうとその上からカレーを自分の好みの量で添えた。
おたまでゆっくりとカレーをかき混ぜ、その様子を菜美はじっと見つめながらぽつりと呟く。
「・・・・・・もっと素直になればいいのに、香穂」
恐らく、それが一番の本音なのだろう。
素直に好きな人に甘えることができるはずなのに、それをしなかった日野への素直な感想。
甘えず、自分ひとりだけで考え込んだ結果がこれなのだと菜美は思うのだろう。
「いずれ、そう思う日が来るだろ」
「そうだとは思うけど・・・・・・」
「今の状態じゃ何も生まれないさ。少し冷静になる時間が必要なんだと俺は思うがな」
「そう・・・かな」
「ああ、そうだって」
だから、食べちゃおうな、と子供を諭すように告げると、同じく子供のように素直に頷く菜美の姿があった。
少し泣きはらした瞳が赤く充血している。
普段大人っぽく見えるこの彼女が時折子供っぽくなる瞬間、それがちょっとだけ好きだと言ったら意外だと思うだろうか。
そんなことを思いながら、二人でカレーを食べ始める。
多分、そんなことは口が裂けても言えないだろうと思った金澤は苦笑いを浮かべながら辛いカレーを口に運んでいた。
終