■優しい時間(火原×日野)
あなたの奏でる音が私の幸せ。
頬に触れたのは優しい音。
香穂子はふ、と見上げてその瞳を見つめる。
何も悩みなさそうに見えるくらいの笑っている火原が、
時折見せる憂いの表情に思わず香穂子は言葉を詰まらせることがあった。
どうしたの、そういいかけが言葉が音になることはなく、ただ黙って見つめるだけ。
そんな中で、胸の奥底が揺れているのを香穂子は感じていた。
でも、と香穂子はぎゅっと胸の前で握る手に力を入れて、そっと屋上のドアを開く。
きぃ、と鳴った音は火原の耳に届くことはない。
香穂子はただ、触れる風と音に耳をすませて火原の背中を見つめる。
そうして音が風から姿を消した瞬間、火原は声を口にする。
「香穂ちゃん」
笑っている火原を見つめる瞳が自然と優しくなる。
「火原先輩」
きゅん、と香穂子の胸の奥で何かに締め付けられるような、
それでいて何か心地よいそんな不思議な感情が沸き起こる。
名前を呼ぶ声がとても愛おしい。
「何の曲を吹いてたんですか?」
「へへっ。何だと思う?」
「うーん。わかりませんよー」
「そっかー。じゃあ教えない」
「あー、ひどー!」
こうして笑っていると時が幸せで、だからこそ願うことがある。
ずっとこうしていられたら、と小さな願いを胸に秘めて香穂子は火原に少しずつ近づく。
そしてまた火原も香穂子へと近づき、二人の距離が自然に縮まるのを、その影が伝えていた。
それは自分にとってそうしていられる短い時間がかけがえのない、小さな幸せ。
祈りは言霊に、言霊は願いに。
願いは現実へと繋がっている。
終