一つの奏でる音が、辺りを一層深くする。
見えないものが見えて、消えてゆくもの、生まれ出ものがある。
きっとそんな音を紡ぎだせる人は、素敵な人なんじゃないかなと思っていた。
だから、こんなにも人の心を囚うのかなと思う。
いつからだろう。
この音色に切なさを感じて、きゅっと締め付けられるようになったのは――――。
放課後、微かに流れるメロディが私の心を捉えた。
あ――――・・・・・・
多分、彼が奏でているのだろう。
ショパンの『幻想即興曲』。
その音に傾けながら、心がちくちくと痛む。
その音は誰を想い、誰に向けて奏でているのだろうか。
いつからかその疑問が湧き出てきた。
きっとそんな音を間近で聴くことが出来るのはきっと素敵な人だろう。
そして、同時に哀しさを覚えるけれど、この胸の痛みの理由なんて、知らなかった。
「きれい・・・・・・」
そう呟くと同時に何か込み上げてくるものが生まれる。
瞳からじわりと光るものが滲み始め、慌てて廊下の隅へと移動した。
あまり人が通らない廊下の隅は誰にも見られることはないから。
「・・・・・・っ」
少しだけなら大丈夫。
そう思って静かに一筋の線を流した。
微かに聞こえるメロディーは心に切なさを残す。
この音が好き。
優しくて、強くて、でも切なさの残る音が好き。
でも。
――――誰の為にその音色をその指から奏でるのですか?
一度生まれた疑問に答えは出るはずもなく。
きゅっと締め付けられるような想いを抱えて、流した涙を拭う。
微かに鳴る音色を聴きながら、また廊下を歩き始めた。
その痛みの意味は知らない。
痛みの意味を知るのはもう少し先、その答えが出るのもまた少し先の話だということ。
今の私は知る由もなかった。
終