桜咲くころに


遡った過去の記憶。
それは桜が色残る季節のこと。



駆け抜けてゆく風が淡いピンク色の欠片を連れ去ってゆき、それを瞳を細めて日野香穂子は見つめていた。
幾つもの季節が巡っては色を変えてゆく。それを知りながらもきっと今まで気づかなかったのかもしれない。この季節の本当の色を。

「香穂子」

自分の名を呼ぶ声に気づいて香穂子は振り返った。

「桐也」

「いつになく早いじゃん。いつも俺の方が早いのに今日は珍しいな」

「うん。何となく外の空気に誘われて、かな」

自分でもよくわからない不思議な高揚感があると言ったところで、桐也に理解してもらえるか分からなかった香穂子はただ黙って舞い散るピンク色の花びらを見つめる。
春は始まりの季節だ。
そして別れの季節でもある。
様々な出会いと別れを経験して、人は成長してゆくものだとよく言われているが、そうなのかもしれないと一人香穂子はごちた。

「合格おめでとう」

「あ・・・ああ」

急に祝福の言葉をかけられて桐也は戸惑いの色を隠せなかった。
そして同時に思い出す。
あの時とまた同じなのだということを。

「そうやって高校の時も言ったよな。合格おめでとうって笑って」

「そうだね。あれから随分と経つんだなぁ」

感慨深げに香穂子は頷く。桐也もまたあの頃の記憶に想いを馳せていた。
桐也と香穂子が初めて出会った次の春、星奏学院高校を受験した桐也は見事合格の椅子を勝ち取ったのだった。
高校で待ってる、そう言った香穂子の言葉に応えた桐也の返事。
ひらひらと舞い降りる桜の花びらが二人の頭の上から落ちてくるのを見つめながら言葉をゆっくりと紡いだ。

「俺がいなくて淋しかっただろ」

「そうだね」

冗談半分で呟いた桐也の言葉に香穂子が素直に頷いた。
その反応が意外で桐也は目を瞠る。

「淋しかったよ。一年だけしかいつも被らないんだもん」

「悪かったな、年下で」

口を尖らせながら呟く桐也に香穂子は首を横に振って「そうじゃなくて」と言葉を付け加えた。

「離れててもこうして桐也を待つって決められるのって、ちゃんと気持ちが繋がってるから、一緒にいたいって思うからなんだなぁってことに気づいたんだよね」

「香穂子・・・・・・」

「だから、淋しいけれど淋しいだけじゃないの。気づくこともたくさんある。だから大丈夫だったのよ」

でも、これからは。
これからはまた同じ時間を共有する時間が増える。
それだけで嬉しいって思うのだから、自分はなんて単純なんだろうと香穂子は苦笑いをこぼした。

「――――あんただけじゃないんだ」

「え?」

「淋しいって思うこと。俺も同じだった」

「桐也・・・・・・」

離れていても、想いは確かにここにあるのだ。
好きだと思うその気持ちが。

「いつも桐也がいない時、桐也のことを想いながら弾いてた。届くかもって
思いながら―――その音は届いた?」

口にせずとも音であなたに伝えたいと思っていたから。
それが伝わっていれば本望だとも香穂子は思う。
ふっと桐也の瞳が柔らかになり、香穂子はただ黙ってそれを見つめる。

「ああ、届いてた」

確かにここに届いていたと桐也は頷く。
首を縦に振る桐也を見つめて香穂子は顔を綻ばせた。
あの時も、そして今も、自分の胸に抱く気持ちは変わらない。
むしろその想いは強くなってゆくばかり。

「確かに届いてたんだ、ここに」

そしてこれからも。

「また届くんだろ、その音は」

桐也の言葉に目を見開くも、香穂子は息を吸って応える。

「もちろん。受け取ってね」

「ああ、俺の音も待ってろよ」

「うん。楽しみにしてる」

ふわりと微笑んで香穂子は桐也の赤紫の瞳を見つめる。
春色の風が二人を包み込み、香穂子も桐也も頬を緩ませていた。

それは終わることの無い季節への始まり。
桜色の花が二人が歩む未来への道を導いている。







あとがき
初書き衛藤×日野です。
なんとなくで書いてみたら、今の年よりも更に年が上になってしまいました。
あれー??
こんなの衛藤じゃないよって言われたらどうしようもないんですが、それでも楽しんでいただけたら嬉しいなって思います。
ちなみに嵐の「season」を聞いててふっと浮かんだ光景を形にしたくて書いてしまいました。
火原は火原で違う話があるんだよねー。そっちも書けたら良いなって思います。