土曜日の昼下がり。心地良い空気は外が暖かいせい。
暖かい陽気に誘われて思わず部室の日向にある席に座って頬杖をついていた。
自分以外には誰もいない空間。
部活動をやっている人間以外はいない。
平日でもない、休日でもないこの日が一番好きだったりする。
「春って誘惑だよねぇ・・・・・・」
ぽつり、呟くもしんと静まり返った教室に返ってくる言葉はなかった。
ふ、と自分の着ている制服の袖を見つめる。
少し擦れてしまい、初めて着た時よりも大分光って薄くなっていた。
「あと一年か・・・・・・」
長いようで短い高校生活。
そう言えば、と先日卒業していった先輩達に言っていた彼の人の言葉を思い出した。
「長いようで短い時間だからな。悔いのないように頑張れよ。俺からはそれだけだ」
まぁ、お前さん達なら大丈夫だろ、そう言って見送ったその瞳にあるのはかつての自分だったんだろうか、その横顔を黙って見ていた記憶を思い起こす。
「私の時は何て言ってくれるの」
自分で言葉にした声にはっと気づく。
何を言ってるんだろう、そう思ったら情けないやら悲しいやら、淋しいやらでいつもの元気な自分がどこかに消えうせてしまったように思った。
いつだって大人はずるい。
真実の言葉を口にはしてくれず、でも何となく態度でわかってその度に泣きたくなるような、それでいて悔しくなるようなそんな気分になる。
言葉に出来ないことも知ってる。
それで傷つく事だってあることぐらいわかる。
「言葉にできないなら、そんな態度見せないでよ」
ふわふわと揺れる春の心地に誘われて、瞳がゆっくりと閉じてゆく。
それは淋しさを伴った夢路へと足を踏み入れた瞬間。
閉じた瞳の先に移るのは夢、幻。
ぺたぺたとスリッパを滑らせて歩いていると、誰もいないはずの教室のドアがうっすらと開いていることに気づいた。
『報道部』。
そう書かれているドアの向こう、隙間から見えたのは見慣れた天然パーマの髪の毛を持ち合わせている少女の後姿だった。
「天羽?」
そっと小さな声で呼んでみるも答えが返ってこない。
仕方なくドアを開けて中へと入ると、呼ばれた本人は夢の世界へと誘われいてることに気づいた。
寝ている机のすぐ隣の机の上に座り込む。
座り込んでまじまじと顔を見つめていると、うっすらとその目の下に線が描かれていることに気づいた。
「泣いてるのか?」
ぽつりと呟く言葉は誰の耳にも届かない。
そっとその線を自分の指先でなぞるが、天羽は寝たまま、夢の世界の住人となっていた。
「ごめんな」
それ以上の言葉は憚られて口を噤む。
はっきりと言えない態度に天羽自身が少し苛立っているのも、普通の生徒とは違う感情で自分に接していることも分かっていて気づかないふりをする。
でも時折。
その感情が抑えられず、結局のところ天羽を振り回す態度をしていることもわかっていた。
仕方ないことだと天羽自身もわかっている。
自分がこんな態度をとることもわかってる。
人よりも表情を読むことが上手い分、それに自分が甘えていることも多分、知ってる。
「あと一年なんだ」
だから、待っててくれよな。
喉の奥に飲み込まれた言葉を告げるのはこれから暫く先のこと。
せめて良い夢を、そう願って子守歌を歌い始める。
自慢だったテノールの歌声は今だけ彼女のもの。
たった一人のために歌を歌う、それはある意味罪滅ぼしなのかもしれないと一人ごちた。
終