ロマンティックは
胸の中で


「あれは、シリウスだな」

指差した先にあるのは大きな青白い光を放つ星。
もう一つ手袋をつけたままの指がその星々をなぞった。

「では、あれがプロキオンであちらがペテルギウスですね」

「ああ、こうもはっきりと見えるもんなんだな、星って」

「そうですね・・・・・・」

それは冬の夜空を見上げた日のこと。









「ねぇ、一緒に旅行行こうよ!」

そう言って声をかけてきたのは、星奏学院三年の日野香穂子だった。
戸惑っていると、日野の後ろから同じく三年の天羽がひょっこりと顔を出す。

「日野ちゃん、もうちょっとちゃんと説明してあげなよ」

苦笑いを浮かべて言う天羽に日野は「あ、そっか」と頷いた。
元の話を辿れば、どうやら天羽のつてで良いロッヂがあるという話になり、どうせだったら皆で行こう、そんな話になったのだと言う。
日野香穂子は一つ年上の彼氏である火原和樹を誘いたいと話をすると、天羽はだったら、と言うことで仲の良い人達に声をかけ、
そして冬海にまで話が回ってくることとなったのだ。

「メンツはねー、私でしょ、天羽ちゃんでしょ、和樹先輩と柚木先輩、あと土浦くんと加地くん、だよね」

「さっき声をかけたら志水くんも来るって言ってたよ。楽器弾けるって言ったら食いついてきたもん」

「食いついてきたって・・・天羽ちゃん・・・・・・」

日野があはは、と笑うと冬海もつられて笑った。

「私も、ご一緒にさせて頂いて良いでしょうか?」

おず、と一歩前に出て願い出ると、日野の満面の笑みが降ってくる。

「うん!もちろんそのつもりで誘ったんだからさ」

そうして冬海は冬の雪の深い山奥へと休みを利用して出かけたのだった。
一泊二日の旅行、それは微妙に変わりつつあった二人の仲が更なる変化をもたらすことになろうとは誰も予想していなかった、冬の出来事。




頬が千切れんばかりに寒さが刃のように突き刺す。
切れ切れの息は真っ白く、冬海は手袋をして厚めのコートを着ても寒い世界が広がっている事実に驚いた。
普段雪を見慣れないせいもあって、興奮し気味となっていた皆の心に寒い風が吹きつける。
新幹線に乗って駅で降りて、バスに乗り込んで、そして着いたのは木で作られたロッヂだった。
初めてだったのだろう、日野はひたすら興奮しながら火原と話し込んでいるのを見て、思わず冬海は頬を緩ませた。

「・・・・・・ったく、面白いよなあの二人」

苦笑いを浮かべて呟くのは冬海よりも頭一つ分以上でかい身長の持ち主、土浦梁太郎だった。
一瞬、驚きのあまり心臓が口から飛び出そうだったが、冬海は心を落ち着かせて答える。

「本当に面白いですね」

「まぁ、もともとの性質があの二人は似ているんだよ」

「それは否定できないね」

冬海もまた土浦の言葉に頷き、柚木も加地も頷く。
皆、予想できる反応だっただけにただただ笑って見守っていた。

「じゃあ、とりあえず部屋に荷物置いたら音出そうよ。んで、久しぶりに合奏しよう!」

火原の言葉に皆納得したのか頷くと、それぞれの部屋へと散って行った。
荷物を部屋に置くと、皆楽器を持ち寄ったり、楽譜を持ってサロンに集合し、自然と音を紡ぐ練習を始める。
天羽はそんな皆の様子を写真に撮り、久しぶりの合奏だったせいもあって最初は緊張感が残っていたものの、
途中からその緊張感は溶け、いつの間にか夕食の時間を迎えたメンバーは弾くのを止めた。
少しだけ物足りない気分はあったものの、身体は素直らしく、休養を求める。
あたたかなシチューとパン、サラダにメインディッシュと様々な料理を食べ終えると、皆好きなように時間を過ごし始めた。
冬海はただ一人、窓の外に見える夜空を見上げる。
いつも見える空とは違って、はっきり見える星にただただ声をなくして見つめていた。

「・・・・・・冬海?」

「あ、土浦先輩・・・・・・」

冬海のそんな様子が気になったのだろう、土浦は冬海が見ていた窓の外、夜空を同じように見上げる。
見上げた先にあった夜空の星にああ、と頷いた。

「星か」

「はい。いつも見ているよりも鮮明に映るものですから、気になってしまって・・・・・・」

「確かになかなか見れるもんじゃないな。・・・・・・どうせだったら外で見るか?」

「え?」

思いがけない言葉に冬海は土浦を見上げる。
小さく笑って土浦は「見たいんだろ?」と冬海へと尋ねた。
土浦の言葉に首を縦に振って答えた冬海は「良いんですか?」と土浦へ問う。
土浦は頷くと「コート取って来いよ。ロビーで待ち合わせようぜ」と一言だけ告げると、コートを取りに部屋へと戻って行った。
冬海は土浦の背中を見送ると、はっと我に返り、コートを取りに部屋へと戻る。
自分の想いに気づいてくれた土浦の優しさが嬉しいと、ただそれだけを思って冬海は頬を綻ばせていた。
コートを羽織り、ロビーへ向かうとそこには既に土浦の姿があって。

「行くか」

ただ一言だけ告げると、冬海は黙ってその背中を追って歩き始める。
何度も繰り返してきた光景、何度も見てきたその背中と、時折見える夜空の星を交互に冬海は眺めていた。

「・・・・・・はっきりと見えますね」

「ああ、あれは冬の大三角だな」

中学校の時の理科の授業で習った言葉が土浦の口からこぼれ落ちた。
冬海はああ、と頷く。そんな言葉もあったな、そんな程度に思いながら星を辿った。

「あれは、シリウスだな」

指差した先にあるのは大きな青白い光を放つ星。
もう一つ手袋をつけたままの指がその星々をなぞった。少し斜めにそれぞれの星が瞬く。
見慣れたはずの星はどれもでかく、鮮明に冬海の瞳に焼きついていた。

「では、あれがプロキオンであちらがペテルギウスですね」

「ああ、こうもはっきりと見えるもんなんだな、星って」

「そうですね・・・・・・」

『瞬く』、その言葉はこのようなことを指しているのだろうと冬海は思っていた。
寒いはずの冬の夜空は頬を突き刺すも、それがひどく寒いわけじゃなくて。

「・・・・・・水の戯れってありますよね」

「ラヴェルのだな」

「あの曲聴いた時、水となぜか星を思い出したんです。銀河鉄道の夜のこと思い出しちゃって」

「ラヴェルと宮沢賢治か」

苦笑いにも似た笑みが土浦の顔に映る。
この人は時々そう言う顔するなぁ、と冬海はぼんやり眺めながら、言葉の先を続けた。

「銀河鉄道の夜を初めて読んだ時の感動と言うか、綺麗な響きと言うのも少し違うんですけど、きらきらしてる感じが私の中にあったんです」

ラヴェルの『水の戯れ』は水が流れるように旋律が描かれている。
その水の流れが、こぼれ落ちる雫と星の輝きを連想させたのかもしれない。

「・・・・・・まぁ、わかんないでもないな」

ピアノで奏でられる旋律。
あの曲はピアノだからこそ響く曲だと土浦も思っていた。
他の楽器にはない、ピアノだけにある良さ、それが引き立つ作品。

「今度、聴きたいなって思うんですけど・・・・・・」

それは珍しい冬海からの願い出だった。驚きのあまり、土浦は両目を見開いて冬海を見つめる。
頬が自然と緩み、土浦は瞳をゆっくりと閉じて口を開いた。

「・・・・・・わかった。でも、弾くのはお前の前だけだからな」

「え?」

ぽつりとこぼれ落ちた言葉に冬海は何度も瞬きを繰り返す。
暗くてよく分からないが、少しばかり白い雪に月が反射して見えたのは、土浦の何気ない表情だった。
照れてるような、はにかむような表情。

「だから、約束」

差し出された小指に自然と自分の指がそれを求める。
そっと絡んだ指は冷え切ったはずの小指に熱が生まれ、どことなく熱かった。

「・・・・・・はい」

絡んだ指は自然と離れ、再び冷気の中に晒されると、熱が消える。
寒さだけが指に絡んでいた。
だが、その寒さなんて忘れるくらい、頬が熱い事実に冬海は気づく。
気づきながらも、その熱に気づかないふりをして冬海は土浦の言葉を待っていた。

「そろそろ戻るか。日野達にばれるとうるさいからな」

「あ、は、はい」

「ほら、行くぞ」

土浦の言葉に押されて冬海は高鳴る鼓動を抑えながら後ろを歩く。
胸に響くこの音が何を示しているのか、そしてそれがどんな道を歩もうとしているのか、今の冬海にはわからない。
だが、確実にこの空に輝く星と同じように気持ちが動こうとしていた。
土浦もまた自分の中にある変化に気づきながらももう少しだけ気づかないふりをする。
気づいてる、でも気づいてない、そんな心揺れ動く冬の日のこと。


ロマンティックは胸の中で静かに鳴り響いているのだった。







*あとがき*
久しぶりの土冬ですよー。
ちょっとずつ自覚する二人って感じですね。じわじわと続く関係が好きです。
また書きたいなぁ、こういうの。