「あー・・・雨・・・・・・」
言葉の語尾が少しばかりテンションを下げた。
雨降られると困るんだよなぁとぼんやりどこかで思いながら。
第一、今日降るなんて言ってたっけと今朝の天気予報を思い起こすも、そんな記憶なかった。
「何だ、雨か?」
「そうみたい。私傘持って来てないよ」
まぁ、小雨だから走って帰られるけど、と呟いた。
互いに視線は外の雨を見つめたまま、音楽準備室には雨と二人だけの世界が広がる。
「雨、か」
呟くと彼は持っていたカップに口をつける。ほのかに香るコーヒーの香りが鼻を掠めた。
「何? 雨に何か思い出でもあるわけ?」
「昔、誰だったか覚えてないが『雨の音って素敵だね』と言っていたのを思い出しただけだ」
「それは前の彼女とか?」
「いや、多分俺が小学校あたりの時だから母親だと思うが」
「ふーん・・・・・・」
この人の過去だけはあまり触れられないなと思う。
いつだったか、インタビューで聞こうとしたら頑なに拒まれた。
きっと嫌な思い出でもあったことぐらいは容易に想像ができるけど、でも。
少しは話して欲しいって、そう思うのは乙女心なんだよね。
心の中で呟く言葉は、少し淋しさを覚えた。
触れてはいけない領域が互いにある。
でも、その領域は彼の方が大きい、それだけのこと。
今があるからいいじゃない、なんて言葉が脳裏を掠めた。
そうね、とどこか自分の中で納得させながら。
「さてと、お前さんもそろそろ帰らないと校門がしまるぞ」
「うわっ、もうこんな時間なわけ?」
「お前、知らないでいたのか?」
「全然」
本当に何も考えずにいたら、予定の時間をとうにオーバーしていた。
慌ててドアの傍に置いてあった鞄を持つ。
「じゃあ、私帰る」
「おう、気をつけて帰ろよ」
「ん、わかった」
そう言ってドアを開けて出ようとしたその時。
不意に声をかけられる。
「天羽」
優しく、静かな低い声で。
タバコとコーヒーの香りが鼻を少し掠めて。
「ん?」
「・・・・・・何でもない。気をつけろよ」
「うん」
引き止めて欲しい、そう願いながらもそんなことできないってわかってるから。
あと一年は我慢しなきゃいけない。
卒業するまで、あと一年と少し。
ばいばいと手を振って急いで廊下を駆け出した。
名前を呼んでくれただけでも嬉しくて。
本当は引き止めて欲しいと願っても。
見せびらかせない恋だから、我慢しなきゃってわかっていても。
彼の過去を聞けずに、触れられずにいても。
それでも好きって気持ちは変わらないから。
玄関口に来て、まだ降る雨を見つめながら、そんな言葉が駆け抜けた。
降っている雨もいつかはやむ。
そしてまた晴れる。
今はそうでも明日は同じとは限らないから。
「よしっ」
小さく呟くと、鞄を持って外へと飛び出した。
雨はまだ降っている――――。
終