見つめる先にはいつも君がいるんだ。
おれにとって一番大切で、ぎゅっとしちゃいたくなるくらい大好きな人。
「ねーねー、兄ちゃん、何か吹いてよ」
袖を引っ張る子供達に囲まれた火原和樹は、子供の顔を見るなりにぱっと笑顔を向けた。
「何か吹いて欲しい?明るい曲とか?」
火原は楽しそうに問いかけると「明るい曲がいい」と子供はせがむ。
願いを聞き入れた火原はトランペットを持ち直すと明るい音を響かせていた。
『双頭の鷲の旗の下に』。
火原が中学生の時に吹奏楽部で吹いた曲の一つ。
ぷあーっと音が突き抜けてゆくのを感じて火原は笑顔になった。
本当なら今日は香穂子とデートのはずだった。
だが、その予定は火原のケータイにかかってきた王崎からの願いにより崩れる。
香穂子に相談した結果、香穂子も一緒にこの場所へと足を踏み入れていた。
その香穂子はと言うと王崎と少し離れた場所に二人で何やら話をしている様子だった。
ちょっとばかりうらやましいなと思いながらも火原は「まぁいいか」の一言で終わる。
それが火原が火原である由縁なのかもしれない。
嫉妬をしないと言えば嘘になるが、香穂子は王崎のことを尊敬しているのも知っていた。
同じヴァイオリニストとして恐らく聴きたいこともたくさんあるのだろう。
火原は曲を弾き終えると、トランペットのバルブから手を離す。
わっと周りにいた子供達の拍手の音が火原の耳に入った。
「ねぇねぇ兄ちゃん」
火原は突然話しかけられた男の子に裾を引っ張られ、「どうした?」と尋ね返す。
「おれ、大きくなったら兄ちゃんみたくトランペット吹きたい」
「お。本当か?」
「うん!」
楽しそうにしゃべる子供の頭をわしわしと撫でながら火原は微笑んだ。
そう男の約束を交わしているとその子供は好奇心旺盛な瞳を向けて火原へと問うた。
「ねぇ、兄ちゃんの彼女ってあの人?」
「え?」
「だって兄ちゃんがあの姉ちゃんを見てるときの目がちがう」
子供の言葉は素直だと火原は思わず胸を高鳴らせた。
そんなに自分はわかりやすい顔をしていたのだろうか。
苦笑いをこぼしながら火原は子供へと頷いてから答えを紡いだ。
「そうだぞ。あのおねえちゃんは俺の彼女。いいだろ?」
何を子供相手に、と香穂子の声が聞こえてきそうな気がした。
だが、火原は楽しそうに言葉を紡ぐ。
「香穂ちゃんの音はすごいんだ。おれなんかよりもずっと」
「そうなの?」
「ああ。どれをとっても香穂ちゃんは好きだけど、一番すきなのは音なんだよ」
「ふーん。いいね、兄ちゃん」
「いいだろー」
火原はふと香穂子へと視線を向ける。
『だってあの姉ちゃんを見てるときの目がちがう』
子供に指摘されたことはあまりにも的を得すぎていた。思わず赤くなりそうな顔を抑えて火原は呟く。
「当たり前だよ」
だって、おれが一番大好きで、一番大切な人だもん。
火原は想いを胸に再びトランペットを持ち直した。
香穂子が好きだと言った『トランペットヴォランタリー』を吹く。
君に想いが伝わるように。
大好きなのは君だよ、と。
終