「夢を見たんです」
「夢?」
「はい。どんな夢か、あまり覚えていないのですが、でも、とにかく暗いところにいたんです」
「暗いところ・・・ねぇ」
「私は走って、でも真っ暗で、どうしよう、そんなことを思っていました」
「で?」
「走っていて、先が見えなくて、ようやく光が見えてきたんです」
「光の先には何があったんだ?」
「あぁ光だ。もう解放されるんだ、そう思ったらほっとしたんだと思うんです」
「ふーん」
「急に自分の足元から、崩れ始めて、あぁ落ちる、そう思ったら誰かが手で支えてくれたんです」
「それ、誰だったんだ?」
「それがよく覚えてないんです。でもその人の手がすごくほっとできて、そこで起きました」
「ふーん」
練習の合間、楽器を置いた短い髪の毛の少女は夢の話をし始めた。
元々、不思議な夢を見たんですといわれた自分としては、その先の続きの方が気になって、話をして欲しいとお願いしたところ少女は話し始めた。
話に耳を傾け、とある少女の変化に気づく。
前までの少女であれば、自分に対してびくびくしていたのだが、今はそんな様子が見受けられない。
「その手って誰のだったのか覚えてるのか?」
自分の質問に少女は珍しく眉間に皺を寄せる。
おびえた表情や時折見せる笑顔は見たことがあるが、眉間に皺を寄せて考える姿と言うのは見たことがなかった。
その表情に驚く。
(まぁ、人間だから色んな表情、するよな。)
「それが、よく覚えていないんです。ただ・・・・・・」
「ただ?」
区切られた言葉の先に何があるのか、少女の顔を見て尋ねると、少女は何やら頭の中に色々と回っているらしく、色んな表情をし始めた。
「冬海?」
「あ、いえ、すいません・・・!ただ、」
「ただ?」
「ちょっとだけ、土浦先輩に、似てたかな・・・って。あ、あの、私、何言ってるんでしょうか。すみません!」
慌てて自分の言っていたことを訂正する少女――冬海に土浦は虚をつかれた表情を浮かべた。
「いや、そんなに謝らなくてもいい。むしろ、」
はっと自分が言おうとした言葉に驚いて自分の口を塞ぐ。
(俺は今何を言おうとした?)
「むしろ?」
きょとんと上目遣いで尋ねてくる冬海に土浦は視線を外した。
その先の言葉がきになるのだろう、冬海はじっと土浦を見つめたままその答えを待つ。
数分後、完璧に折れたのは土浦の方だった。
「・・・・・・むしろ、俺で良かったよ、ってそれだけだ。ただそう思っただけだからな! 深い意味はない」
と、思うと小さな声で続ける冬海に土浦が初めて照れたのだと言うことに気づいた。きょとんと開いた大きな瞳がようやく理解したのか、頬を赤く染め、どうしようと言う表情に変化する。
「あ、あの、でも、私」
冬海は一呼吸置いて言葉を紡ぐ。
「土浦先輩だったらいいなって、ちょっとだけ思ったんです」
平日の、授業を終えた夕方の時間。
身体の熱が上昇したように見えたのはきっと空がもう茜色に染まっているせい。
淡く滲む想いに気づくのはもう少し先のこと。
空は静かに茜色に染まってゆく。
終