ずっと伝えたい言葉はありました。
伝えたい想いがありました。
迷いはいつから生まれたのか、それをいつも躊躇うそんな自分がもどかしく感じた。
素直に伝える術なんて持ち合わせていなかった、それだけ。
いつからその気持ちを自覚し始めたのかははっきりと覚えてはいない。
想いを自覚していなくても、弾き方に変化が出てきて、一層奏でる音に深みを増したと周りから評価をされるようになった頃からかなと思っていた。
口では言えないから、せめて。
想いを奏でる音に託して――――。
「香穂子ちゃんの音はすごいね」
あっけらかんとした声で隣を歩く火原先輩はそう言った。そうですか?と小首を傾げて火原先輩を見上げる。
「何か、こう、うーん何て言うのかな。音に深さが出てきたって言うか・・・・・・そんな感じ」
「そうですか・・・・・・」
どう答えて良いのか分からずとりあえず口をついて出てきた言葉を呟いた。
「何かあったの?」
火原先輩は笑顔のまま尋ね、その顔を見つめながらその原因はアナタですとは言えなかった。
「いいえ・・・・・・多分色々と考えてるからじゃないですか?」
無難な答えを並べて、苦笑いで返した。
こんなんで気づくわけない、そう鷹をくくって。
「そうかなぁ。そう言うようには感じなかったけど・・・・・・恋でもしてる?」
突拍子もないことをいつも言う人だとはわかってはいたけれど、素で確信を突くなんて思ってなくて。
ドキドキと高鳴る鼓動を抑えながら「どうしてそう思うんですか?」と尋ねた。
「んー、そんな感じがしたから。カン、かな」
答えに少し曖昧な笑みを浮かべて、真意と反する言葉を選ぶ。
「違いますよ。好きな人なんて・・・・・・」
いないですと小さな声で答えた。
私のうそつき。
本当は好きだって、体いっぱいに表現したいのに、この関係を保ちたくてわざと嘘をついた。
「んー・・・そっかぁ」
当の本人は残念と一言残して伸びをしながら、あくびをした。
何が残念なんですか、と一言を喉の奥へと押し込める。
どうして、この人を好きになってしまったのか。
問う言葉に答えはいつだって一つ。
『好き』というものに理屈なんてないから。
素直にはまだ言えないこの想い。
まだこの関係でいたい。
でも、もっと仲良くなりたい。
傍にいたい。
色んな想いが交差する気持ちの中で、でも変わらないのは『好き』という気持ちだけ。
「ねー、香穂子ちゃん」
「何ですか?」
「これから合奏しようよ。合奏した後に少しどこかでゆっくりしていかない?」
「え?」
「別に何か用事があるとか言うんだったらいいんだ。ただ、もうちょっと話していたいって言うか・・・・・・」
そこまで言うと火原先輩は少し頬を朱に染めて、矢継ぎ早に言葉を続ける。
そんな先輩を見てたら今まで少し考えていたことがすっと自分の中に溶けていった。
ただ、一緒にいてしゃべりたい、それだけでもいいんだよね。
「いいですよ。私、何も用事ないし。それに・・・・・・」
「それに?」
「私も火原先輩としゃべりたいなって思ってたんです」
とびきりの笑顔を見せて、さ、合奏しましょうと言うと、「うん!」と頷いて火原先輩はトランペットを持つ。
私はヴァイオリンを構え、すうっと曲の中へと溶け込んでいった。
日が傾き始め、俄かに校舎を紅い色で染め上げる中。
屋上でトランペットとヴァイオリンの音が響きあうのを居残っていた生徒たちは、その音に耳を傾けながら家路へと足を向ける。
そっと自らの想いを音色に託して弾く音は。
どこか優しいもののように、壊れそうで壊れないその繊細な想いで。
いつか聴いた遠い過去から変わらない音だとひっそりと聴くファータたちの姿があった。
二人の時間は夕陽と共に静かに過ぎていく――――。
終