見つけたのは一つの光だった。
弓を弾きながら香穂子はただ瞳を閉じて耳を澄ませた。
技術的にはまだまだ幼稚であることは否めないことも十分に分かっているつもりだった。だが、弾きたい、その想いだけで奏でることも悪くないと思う。
感情任せに弾いて、と月森の声が聞こえたような気がして、香穂子は苦笑いを浮かべながらも、でも弾けることが楽しくて嬉しかった。
溢れる音と身体の奥底から沸く想いが香穂子の身体を熱くする。
久しぶりに手にした弓の感触を感じながら、きゅっと持ち直した。
どうして弾けなかったのか、と問われたら恐らく香穂子はわからないと言うだろうと思う。
上手くなりたい、その想いが強すぎて身体と気持ちが追いつかなかったと言った方が正解かもしれないと思っていた。空回りし続けたことで、精神的に追いつめられた香穂子は次第に大好きなヴァイオリンから遠ざかり、結果的に弾かなくなってしまったのだ。
どう弾けばいいのかわからない。
どうやって自分は今まで弾いていたのかわからなかった。
だが、自分の弱い部分を見つめることで、ようやく何かが見えてきたのだった。
プライドなんてないと思っていたのに、意外とあるんだなと思ったら苦笑いをこぼすしかない。いつか成長していく上で、時を重ねることで、最初に感じていた純粋な部分が香穂子の中から抜け落ちていったのだろう。
自分の弱さを認めることで弾きたい音が、奏でたい音が見えてくるなんて思いもしなかった。香穂子はただ、そのことに驚くばかりだった。
ふっと弓を離して、曲の終わりを告げる。
閉じていた瞳を開くと、いつの間にかできていたギャラリーにぎょっと驚いた。少し離れた場所で弾いていた、香穂子の音を気づくきっかけとなった金髪の青年が駆け寄り、『ありがとう』と手を差し出す。
香穂子もまた彼に『ありがとう』と片言のドイツ語で手を握り返した。
わっと沸き起こる歓声。手を離して今度はギャラリーに向けて頭をぺこりと下げると、見慣れた優しい笑顔に気づいて香穂子はヴァイオリンを持ったまま駆け出した。
いつだって差し出していたやさしくて大きな腕が広がり、香穂子はその腕に飛び込む。
「和樹先輩!」
気づいたらそう叫んでいて、火原もまた香穂子の名を叫んでいた。
広い胸に飛び込み、火原は香穂子をぎゅっと抱きしめる。
抱きしめられながら、香穂子は泣きそうになった。
大好きな人。
大切な人。
香穂子にとって欠かせぬ人であるあることに変わりはないが、それと同時に香穂子自身が火原の成長の妨げになっていることも気づいていた。
苦しいけれど、悲しいけれど、香穂子もまた火原の音が大好きなのだから。
でも、もう少しだけこうさせて欲しいと懇願する。
いつも支えてくれる大きな腕。優しい笑顔。どれをとっても火原と言う人が香穂子にとって欠かせない、必要不可欠であることは分かっている。
だが、香穂子もまた自分の足でちゃんと歩かねばならない。
そう一人歩きすることが怖くて、躊躇って、そうしているうちにどんどんヴァイオリンが弾けなくなっていた。
一人で歩く勇気を。
苦しみに、悲しみに打ち勝つ力をください。
そうしてもう一度音を奏でさせてとやさしい腕の中で祈る。
泣いて、叫んで、八つ当たりして、それでも傍にいてくれる人だから、やさしい人だから。
この人から離れる勇気をください。
生きていく力をくれた人、香穂子にとって道を示してくれた人。
何が大切かわかった今、香穂子はもう一度立ち上がる。
抱きしめられた腕の中で香穂子はもう少し甘えさせてと願いつつ、複雑な想いを抱えていた。
未来の方向性が見えた今、香穂子が成すべきことはただ一つ。
一人で歩いていくことだった。
(Lovers Concert −affettuoso−より)