今日は特別な日だから。
「あれ?柚木?」
明るい声が降って来て、思わず柚木は振り向くと親友の姿を見つけてあぁ、と頷いた。
オレンジ色のセーターがブレザーの間から見える。
「火原。どうしたの?」
「別に用はないんだけどさ。柚木の姿見えたから」
声、かけてみたんだよね、そう言って火原はいつもの明るい笑顔を見せた。
練習室の一室で柚木梓馬はフルートを吹いていたその合間。
火原は柚木の姿に気づき、練習室のドアを叩いて声をかけたというわけだった。
「今日は日野さんと帰るんじゃなかった?」
「あ、うん。その予定なんだけど、香穂ちゃん、金やんに呼び出されてたからさ。それ待ち」
「そう。今日は火原の誕生日だからこれからケーキ屋にでも寄るの?」
「うん。駅前のケーキ屋さんに寄ろうって言ってたから」
火原はにこにこと笑いながら柚木へ言葉を口にする。
やれやれと柚木は肩をすかして火原を見つめた。
火原と出会ってかれこれもう二年半は過ぎている。
その中で火原が恋をする姿を見ていると、苦笑いを浮かべてつい見守ってしまいがちだなと柚木は思っていた。
何よりも、火原の恋愛をしている姿はある意味新鮮で、今までに見たことのない表情をしていることが多い。
いつも明るく笑っている火原が時折見せる悩んでいる姿を見ると、成長したのかなとも思ってしまうのだ。
不覚にも。
「火原は」
柚木は言いかけた言葉を切る。火原はきょとんと大きな瞳を柚木へと向けていた。
「火原は、日野さんのどこが好きなの?」
唐突に投げた柚木の質問に火原は顔を俄かに赤く染め上げていた。
「ゆ、柚木!?」
慌てた火原が柚木へと問う。だが、柚木はこれっぽっちも気にしている様子はない。
「火原は日野さんのどういうところに惹かれたの?」
やんわりとした優しい柚木の口調に火原は言葉を詰まらせる。
まぁ、確かに柚木にはちゃんと話したことはなかったけれど、と火原は一人ごちた。
「・・・・・・香穂ちゃんってさ、何かすごいんだ。もちろんかわいいし、ぎゅっと抱きしめたくなっちゃうけど、
でもさ、カッコいい部分もあるし、脆い部分もあるし。でもさ、やっぱり音が好きだな。香穂ちゃんの奏でる音」
「音?」
「うん。音で色んなものを語ってるような気がする。おれ、香穂ちゃんの全部が好きだけど、一番好きなのは音」
「音・・・ね」
「うん!」
火原の直感とも言うべきか、否か。まさか『音』でくるとは思わなかったと柚木は火原をまじまじと見つめながら思う。
表情とか色々とあるだろうが、一番好きなのは『音』とは。
柚木はそう言う火原の素直さにある意味感心する。自分にはない部分、火原のまっすぐさ。
どれをとっても柚木にとって眩しいものでしかない。
「火原はまっすぐだね」
「へ?」
「そう言うところが、日野さんは好きなのかもね」
「え? 柚木?」
「改めてハッピーバースディ、火原」
柚木は瞼を閉じて火原へともう一度祝いの言葉を口にする。
唐突に口に出した祝いの言葉に火原は戸惑いながらも、嬉しそうに微笑んだ。
「サンキュ、柚木」
柚木は少し開いたドアの外から聞こえる音に耳を傾けながら火原に告げる。
今日は火原の誕生日、それを祝いたいと願う者は自分以外にもいる。
「折角の誕生日なのに、心配させてしまうよ? ほら、日野さんの声が聞こえる」
「あ、うん。じゃあ・・・また、明日な!」
「うん。また、明日」
そういって火原は再びドアの外へと駆け出した。今頃は彼女に会って満面の笑みを浮かべているのだろうか。
柚木は一人毒づきながらも親友の幸せを願う。あの日、初めて会った日から変わらぬ願い。
自分を出さずとも自然と出てしまう相手、それが柚木にとっての火原和樹の存在。
ハッピーバースディ、火原。
火原の幸せを願いながら、柚木は再びフルートに口をつける。
奏でる音色は優しい想い。
願いをのせて、音色はどこまでも遠くへと響き渡っていた。
終