ふわり、白い結晶は静かに舞い降りる。ああ、雪だと思いながらあの頃の記憶へと想いを馳せる。
それは愛しい人との記憶の欠片。
『この雪を忘れないでいたいな』
どうして、と問うと小さく微笑みながら彼は答える。
『君と見た雪だから、では理由にならないだろうか?』
さらりと告げられた言葉に思わず詰まり、どう返して良いのかわからずただ微笑み返したのを覚えていた。
この雪が、冬が終えれば彼は遠い異国の地へと旅立つことは知っていた。
それは彼が望んだことであり、自分も応援していると背中を押したのだから。
だからそのことに後悔はないけれど、やはり寂しさはこの雪のように静かに降り積もってゆく。
「ねぇ、月森くん。もうあれから二年も経つよ」
寂しさを伝えることもできない。
苦しみも喉の奥に押し込めてしまう。
行き場の無い想いはどうすればいいのか。
一日、一日をかみ締めるように過ごした二年前の冬。
溶け合うような愛しいと思う日々はあたたかな春の到来と共に去っていった。
時折届けられる彼の残り香と、愛しさに溢れる直筆の手紙は大切な宝物。
ねぇ、いつ帰ってくるの。
待ってても良いんだよね。
何度も言いかけて閉じた口は彼の前では明るさへと変わってしまう。
本当の言葉をいつから言えなくなったんだろう。
『香穂子』
彼が自分を呼ぶ声が聞きたかった。
それだけで幸せだと思う自分は何て単純なのだろうと苦笑いがこぼれる。
「蓮くん・・・・・・私も頑張ってるんだよ」
彼が去ってから追いつきたくて必死に練習した。
一年ぶりに彼の前で弾いた時はその成長に彼は顔を綻ばせて喜んでくれた。
だから。
「蓮くんの音、聴きたいなぁ」
会いたいなぁ、と言う言葉は胸の奥に仕舞って呟いた。
「音だけ、だろうか?」
佇む冬空の下、聞き覚えのある声に思わず振り返るとそこには愛しい彼の姿。
「・・・蓮、くん・・・・・・?」
「すまない、香穂子」
大事なヴァイオリンケースを背負って、からからに乾いた空の下で言葉を紡ぐ彼を見つめる。
嘘じゃないか。
夢じゃないか。
幻でも、それでも。
「・・・・・会いたかった」
その腕に飛び込んでぎゅっと抱きしめる。彼もまた確かめるように抱き寄せた。その腕が物語るのは、これが現実と言うこと。
「俺もだ。会いたかった」
「待たせすぎ」
「すまない」
もう、と言葉をこぼして苦笑いを浮かべると、彼の顔をまじまじと見上げる。そしてゆるりとその手を伸ばして彼の頬に触れた。
あたたかなぬくもりが指先から伝わる。
「・・・・・・おかえりなさい」
「ただいま、香穂子」
夢幻ではない、本当の彼がそこにいる。
それだけで幸せで満たされる。
―――あなたをずっと待ち焦がれていました。
綴られなかった想いが唇にそっと乗せて微笑んだ。
終