期待する自分と、そうでない自分と、その間で揺れてるなんて誰が言うかよ、そんな気分だった。
「今日は衛藤くんの好きなとこ行こう」
突然そう言った日野の言葉に薄く眉間に皺を寄せた衛藤は「なんで」と一言で返した。
「んー、なんとなく?」
「香穂子がそう言うのってなんかあるみたいだよなー」
「それってある意味ひどくない?」
「そうか?」
あっけらかんと答える衛藤に日野は肩を透かすと、衛藤にもう一度尋ねた。
「衛藤くんが行きたいなーってとこ、ない?」
「別にないけど」
「そうやってあっさり答える」
つまんないなぁと口を尖らせる日野の横顔をじとりと衛藤は訝しげな眼差しで見つめていた。何やらたくらんでいるようにも見えるし、そうでないともとれる日野の横顔。
特にそれほどの長い付き合いでもないけれど、それでもなんとなくわかってしまう日野の怪しさに衛藤は舌を内頬に当てて口をへの字に曲げて様子を伺う。
「なんっか怪しいんだよなぁ」
「な、何が?」
「そういう態度が。何かあったわけ?」
「素直に言葉を受け取らないって、ある意味損だよね」
「それはいつもと違う香穂子が悪いんだろ」
「私のせいですか」
「そうじゃなかったら素直に受け取ってるって」
まさに『ああ言えばこう言う』なんだろう、と日野は頭を抱えたい気持ちに駆られた。
せっかくの春休み、朝から衛藤と会う約束をしたのにまさかこんな調子になるとは思わず、何気なく入ったファーストフードで注文したジュースが少し薄い味になるくらいの時間はゆうに経っていた。
「・・・・・・せっかく早く会う約束したのに意味ないじゃない」
ぽつりと呟く日野の言葉に思わず衛藤は目を瞠る。
何かすごいこと言われた、と衛藤は内心驚きながら日野へ言葉を投げかけた。
「何、香穂子は俺にそんなに会いたかったわけ?」
からかい半分で言い放った言葉に、少し俯きながら日野は言う。
「会いたかったって言ったらおかしい?」
「え?」
「そうですよ。どうせいつも私素直じゃないしね。せっかく今日衛藤くんの誕生日だってきいたから―――」
しまったと言わんばかりの表情を浮かべて日野は口を両手で覆った。
衛藤は瞬きを繰り返して日野の顔をまじまじと見つめる。
「俺の誕生日知って―――」
「たよ。友達には言ってたんでしょ、今日が誕生日だってこと」
「あいつら・・・・・・」
「何で私には言ってくれなかったの?」
「それは・・・・・・」
妙に期待する自分がいそうで、それがちょっと嫌だったなんて言えるわけがなかった。衛藤は片方の手で頭を掻きながら一つため息吐くと言葉を口にする。
「だから、俺の好きなところ・・・か」
「そうだよ。で、どうするの?」
上目遣いで日野が衛藤の顔を覗き込むと、衛藤は軽く息を呑む。
こういう子供っぽい表情にも惹かれる自分がいて。
「行く。俺のリクエスト叶えてくれるんだろ?」
「もちろん!」
明るい表情が返ってきて、衛藤は苦笑いを浮かべた。
ホント、敵わない。
くくっと衛藤は笑みをこぼして「じゃあ」と言葉を続ける。
「俺、行ってみたいとこあったんだよな」
「うん。どこ?」
日野の問いに衛藤はテーブルから身を乗り出すと日野の耳元で行き先を告げる。
やさしくかかる吐息に日野は小さく跳ね上がると頬を赤らめながら衛藤の顔を見上げた。
「りょーかい」
じゃあ、出よう。
日野が立ち上がり、衛藤は日野の背中を追うように店内を後にする。
爽やかな風が吹くのを頬で感じながら少し前を歩く日野がくるりと身体を向けると小さく笑って言葉を綴る。
「誕生日おめでとう、桐也」
風が通り過ぎるように、その言葉は衛藤の耳をすり抜けてゆく。
え、と口を半開きにして衛藤は日野を見つめると、日野は楽しそうに笑って再び衛藤に背中を向けた。
今、なんて。
軽くすごいこと言っただろ。
言葉にならない声に衛藤は頬を緩めると駆け足で日野に追いつき、自分の大きな腕で日野の首に絡める。
後ろから抱きしめるように衛藤は日野を掴むと日野はもう一度その言葉を口にした。
「桐也」
照れくさそうに名前を呼ぶ明るい声に衛藤は笑った。
「やっと言った」
「そう?」
「でも、待ってた」
サンキュ、と耳元で囁くと首に絡んでいた腕を離して日野の手に自分の指を絡める。
「今日は思いっきり遊ぶからな」
「もちろん!」
明るい笑顔と、やさしい潮の香りが衛藤を包む。
こんなにも嬉しい誕生日を迎えるなんて思ってなかったから驚いたけれど、でもそれも悪くないなと一人ごちた。
残されたのは青い空と、キラキラと光る波間。
最高の誕生日の幕が今開けたばかり―――。
終