もっときみのこと、知りたいんだ。
あー、ちょっと、何やってんの、私。
大きな声が広い屋上に響き、一瞬火原は自分が屋上へ足を踏み入れてはいけないのかもしれないと思った。
だが、次の瞬間、その声が誰のものなのか気づいて火原は再び屋上へと足を踏み入れる。火原が見たのはその華奢な背中。その少し向こうに譜面台があることに気づいた。
「あ、日野ちゃん・・・・・・」
手に持つトランペットケースを持ち直して火原は日野の近くへと更に歩み始める。
日野は火原に気づかず、ヴァイオリンを構えなおして先ほどから聞こえてくる箇所を弾き始めた。恐らくそこのフレーズが気になるのだろう、首を傾げる後姿を見つめて火原は目を細める。
「あ、もう、だから違うのにー」
頭を掻く日野に火原はくすくすと小さな音を立てて笑った。
きっと驚いたのだろう、日野は振り返り火原がいることに気づいて目を丸くする。
「ひ、火原先輩!いつからそこにいたんですか?」
「ちょっと前からだよ。あまりに日野ちゃんが真剣だから声かけにくくて」
「言ってくだされば良いのに・・・・・・」
「うーん。日野ちゃんの邪魔したくなかったしね。それに頑張ってる姿見るの、おれ好きなんだよね」
「恥ずかしい限りです」
えへへと苦笑いを浮かべて日野は持っていたヴァイオリンをケースの中に置いた。
「練習しないの?」
「少し休憩です。ずっと同じ箇所ばかりやってて疲れちゃった」
肩を竦めて日野はベンチに座る。火原もまたそれに倣うように腰を下ろした。
「きみってさ、ホント頑張ってるよね」
「え?」
「すごいなぁって。おれも頑張らなきゃって思っちゃった」
「火原先輩・・・・・・」
嬉しいですとも、恥ずかしいとも言えず、日野は曖昧な表情を浮かべる。
火原は気にするわけでもなくそのまま言葉を続けた。
「きみの音ってなんかすとんっておれの中に入ってくるんだ。自然って言うか、ひかれるんだよね」
一瞬日野はどきっとする。
惹かれる、それは日野もまた同じことを火原に対して思っていたから。
『火原先輩の音ってなんか惹かれるよね』
クラスメイトと話をしていた言葉がふいに蘇った。
「あ、ありがとう・・・ございます」
「ううん。ホントのことだし。日野ちゃんの音、楽しみにしてる」
笑って火原は香穂子を見つめた。
その瞳が少しだけ潤んでて、一瞬だけ日野の表情がすとんと火原の中に入ってくる。
おれ、日野ちゃんのこともっと知りたい。
そんな表情も、何を考えているかも全部。
日野のこと全部知りたいと火原は思う。どうしてそんなことを思ったのかわからない。
でも火原の第六感がそう告げていた。
「ね、日野ちゃん。また弾いてくれる?アヴェ・マリア。第一セレクションの時、すっごい良かったから」
にこっと笑って火原は日野を見つめ、日野は小さく笑って「はい」と頷いた。
どうして気になったかなんてわからないけれど、でも日野のそばにいたいと思う気持ちが少しずつ火原を包み込む。
きみの考えてること全部教えて欲しくて。
そう思う気持ちの答えを火原はまだ知らない。
脈打つ音が少しだけ心地よくて、火原は屋上から見上げる空を見つめて深く息を吸っていた。
きみのとなりで音を奏でて。
きみのとなりで笑うきみを見ていたいから。
終