気まぐれな自分に驚いたし、どうしてそんな気まぐれが出たのかもわからない。
「なーにやってるの?」
ひょこっと顔が急に降ってきて思わず目を大きく開くと、小首を傾げて少女は自分を見ていた。
「お・・・・・・お前さんなぁ、驚くだろうが」
「寝てるのかわかんなかったんだもん」
何よと唇を尖らせる少女に思わず苦笑いがこぼれた。
ある意味ほっとしたのもあったのだろう。それにしても心臓に悪いと呟く。
「少しはいたいけな教師を労わろうという気はないのか?」
「誰がいたいけだって?いつもサボってるくせに」
「サボってるふりしていろいろとやってるんだぞ、これでも」
「まぁ、確かにね」
あっさりと肯定した少女――天羽の声に、少しばかり驚きを隠せなかった。
ずいぶんとまぁ、丸くなったものだと一人感心していると、天羽はふいに声を挙げる。
「ねぇ、金やん」
「うん?」
「これ、なーんだ」
ふふん、と鼻を鳴らしながら天羽はそれを目の前に出し示した。
金澤はほう、と声をこぼす。
「お前さんにしては気が利くんじゃないか?」
「あら、それはお褒めの言葉だと思って受け取ってもいいのかしら?」
「まぁ、実際褒めてるんだがな」
「光栄ですこと」
くすくすと笑いながら天羽は「はい」とそれを金澤の手の上に載せる。
金澤はその袋に入っているものを取り出した。
それは以前から気に入っているクロワッサンで、しかも湯気が残っているところをみると焼きたてらしいことが伺える。
「夏だし暑いのはわかってるけど、やっぱり焼きたてはおいしいからさ」
「わかってるねぇ、天羽は」
「自慢の生徒でしょ?」
「まぁ、今日だけはそう言ってあげよう」
「何それ、えらそー」
「実際俺はお前さんよりも年上だから偉いの」
「ああ言えばこう言う」
「それはそっくりそのまま返すぞ」
ふわりとあたたかな湯気とパンの仄かに香る甘さに金澤の瞳が細くなった。
天羽はそれを見て小さく笑う。
たまにこう言う表情も見せるんだよなぁ、と半ば感心しながら自分の手に残った袋を取り出してパンに口をつける。
口の中で広がった絶妙な甘さと塩加減に頬が緩んだ。
「んー、やっぱりおいしー」
「だよな。美味い、美味い」
「美味しいもの食べてると生きてて良かったーって思うわ」
「それは同感」
うんうんと頷く金澤に天羽は苦笑いを浮かべた。
こう言う時だけ反応良いんだから、全く。
そう言ったところで金澤はそれを肯定するに決まっているから、敢えて言葉にしない。
最初はほんの気まぐれだった。
なんとなく見かけたパン屋の目の前でどうして二人分買ったのかは、天羽もわからない。
ただ、なんとなく覚えていたのだ。
ここのパン屋が美味しいと勧めたのは金澤で、しかもそれを美味しそうに実況したのも金澤だったから。
きまぐれついでに一緒にどうかなと思ったのは自分の更なる気まぐれのせい。
「まぁ、喜んでくれたのは良かったわ。じゃあ、私部室行かなきゃ」
「ああ、お前さんもがんばれよ」
「ありがと。じゃあね」
軽く手を振って天羽は音楽準備室を後にする。
一人残された金澤はもう残り少ないパンをじっと見つめていた。
「ったく、不意打ちなんだよなぁ」
こういうことされるとちょっと見直すじゃないか。
一人ごちて金澤はうだるような暑さが広がる校庭を見下ろした。
太陽の熱がカーテン越しに伝わり、思わず眉間に軽く皺が寄った。
「さてと、美味しいものでも食べたしがんばるか」
椅子から腰を上げて金澤は呟く。
香ばしいバターの香りが仄かに香る音楽準備室は、きまぐれなやさしさだけが残っていた。
終