ただ一人で泣いてる背中を見ているのは辛くて。
そうさせてしまったのは自分なのに、どうしてこうなんだろう。
「ごめん、香穂子」
黙って俯いたままの背中は余りに無防備で。
「言い過ぎた、ごめん」
もう一度謝罪の言葉を告げると俄かにその背中が動いたような気がした。
ぴくりと、小さく。
その動きを見逃すはずなんてなくて。
思わず伸ばした手は華奢な背中を捉え、少し身じろいだのを感じたけれどそれを封じ込めるくらいの力は自分で持ち合わせている。
だから、ついぎゅっと力を込めて離さないようにって思うことで必死で。
そんな姿見せたくなかったけれど、でもみっともない姿なんてもう見慣れてるはずだから。
「ごめん、俺の八つ当たりだった」
ぐす、と鼻の鳴る音が腕の中で聞こえ、思わず下を向くと必死に唇を噛んで何かを堪えようとしている香穂子の姿を見つける。
きっと自分が言った言葉が悔しいんだろう、そして悲しいのと苦しく思っているその間で揺れ動いているんだろうことはすぐに見て取れた。
一番大きい感情は恐らく―――『悔しい』の一言。
小さな唇が何かを言おうとして動くもすぐに閉じる。うまく言葉にできないのかもしれない、でも言葉にしたいそんな目をしていた。
言った言葉は取り消すことなんてできない。でも、それをフォローするくらいはできる。
「・・・・・・間違ったこと言ってないって、そう、思ってるでしょ」
やっとのことで言った言葉はあまりにつんけんしていて、すごく香穂子らしくて思わず苦笑いをこぼす。
「間違ってないって、思ってる。でも言い方を間違えた」
「・・・・・・別にいいよ。どう言ったって結局結論は同じなんだし」
「でも、関係のないことも言った」
本当なら弾き方の話をしていたはずだった。
香穂子には少し妙な癖があるからそれを指摘しただけだけど、その前に見てしまったそれを抑えることができなくてつい、苛立ちを香穂子にぶつけたのだ。
「でもそう思ってたんでしょ。いいよ、謝らなくて」
別に私も悪いって思ってないもん、加地くんと土浦くんは友達だもん、桐也にはわからないもん。
ぶつぶつ口を尖らせた香穂子を見つめながら思わず小さなため息を吐く。
ある意味ここまでくると意固地になってるところもあるのだろう。
香穂子と加地と土浦の三人で何やら楽しそうに楽譜を見ながら打ち合わせをしているのを見かけた時は別に何も思わなかった。
でも、何も二人だけで練習している曲に対してのアドバイスを二人から聞くことないだろと思ったのは香穂子の表情が自分の知らないもので、楽しそうにしていたからで。
要は二人に対して嫉妬をしただけで、香穂子が楽しそうに笑っているから余計にそう思った。
悔しかったことは間違いない。結構長い時間をすごしている自負はあったことも一つの要因でもある。
知らないことなんてないとは言い切れないのだということを改めて感じた、それをぶつけたのだ、香穂子に。
「間違ってないけど、間違ってる」
「・・・素直じゃないなぁ」
「それはお互い様だろ」
「確かに言えてるね」
ふぅ、と小さく息を吐いて香穂子は静かに顔を上げ、じっと見つめた。思わずその双眸に見入られ、言葉を失う。
何を見ているのかわからない瞳、でも香穂子は何かを見つけるために見上げている、それだけは自分とてわかる。
「私の方こそ、ごめん。言葉は素直に受け取るべきだったかな」
何かを見つけたのだろう香穂子は肩を小さく撫で下ろして微笑んだ。
「いや、俺も悪かった」
「お互い様、だね。つい血が上っちゃった」
「俺も、冷静さが足りなかったって思う」
「じゃあ、仲直りの握手」
すっと手を差し出した香穂子の瞳はいつになく真っ直ぐで、思わずその瞳の色の深さに目を大きく開いた。
そのまっすぐな瞳があるから、自分も素直になれるのだと思う。
自分の大きな手が香穂子の小さな手を包み込むと、緩やかにそのあたたかさが体へと流れ込んだ。
「ごめんね、桐也」
「こっちこそごめん、香穂子」
穏やかな瞳が視線を交わすと、もう一度笑って言葉を告げた。
たった一人だけにしか口にしない大切な言の葉を。
あんな涙はもう見たくないから。
だから、勝手に泣くなよ。
そう心の中で呟いて。
終