『冬海ちゃんを拉致しちゃいました。と、いうわけで取り返して欲しかったら頑張って探してね』
出かける数十分前、突然鳴ったケータイの着信音が告げたのは一言のメール。
そのメールを見て思わず首を傾げたのは間違いじゃないはずだと自分に言いながらも、
誰が送ったかはすぐに思い当たる。
「日野か・・・・・・」
呟いた言葉に返す人などいるはずもなく、思わず深いため息をついて、
思ったよりも早い時間ではあるものの、重い腰を上げて家を後にした。
「ったく、日野のこと恨むぞ・・・・・・」
聞こえるはずのない相手の名前を呟く。
色々と予定があったのにな、と思ったところで仕方がないのだが、それでも言わずにはいられない。
土浦梁太郎は眉間に皺を寄せながら駅までの道のりを駆け抜けていた。
そのメールが届く一時間前、冬海宅の前で二人の少女が姿を現した。
「・・・・・・ふふ、うまく行くと思う?」
「まぁ、何とかいくんじゃない?」
学校から遠いと言っていた冬海宅は郊外の広い家で、インターフォンの前で日野香穂子と天羽菜美は会話を交わす。
「んじゃ、いくよ」
「はいはい」
ピンポーンと少し鐘の音に近いチャイムの音が鳴って、すぐ声を返したのは冬海笙子の母だった。
笙子はいるかと尋ねると少し待っててくださいねというソプラノの音が二人の耳に響く。
母親の言うとおり、少し経ってから冬海笙子は姿を現した。
「香穂先輩、天羽先輩」
「おはよー、笙子ちゃん」
「あ、おはようございます」
ひどく驚いた顔をする冬海に香穂子はにんまりと微笑んで、あのね、と言葉を切り出す。
笙子は首を傾げながらも香穂子の言葉に耳を傾けていた。
「ちょっと付き合ってもらいたいの」
「あの、でも、私・・・・・・」
そう、笙子には先約があった。
彼氏である土浦梁太郎と出かける約束。
しかも、今日という日が特別な日でもあるため、好きなところに連れて行ってくれると言っていたのだ。
普段あまりそう言うことを口にしない土浦からこぼれた言葉。
「ふふ。知ってるよ。土浦くんとデートでしょ?」
「あ、はい・・・あの・・・・・・?」
わかっているのならばどうして、と言いたげな笙子の顔を見つめて香穂子は告げる。
「さ、出かける用意してきて。それから話するから」
駅に出るまで一緒に行こう。
香穂子の微笑みに首を傾げながらも笙子は自宅へとくるり、方向転換した。
少し待っててくださいと言う言葉と共に姿を消した笙子に香穂子はにやりと笑う。
「ね、うまくいったでしょ?」
「時々、火原先輩が騙されてるんじゃないかって思うわ」
天羽菜美は苦笑いを浮かべて呟いた。
「あの、香穂先輩」
支度をして現れた笙子は開口一番に香穂子へと問う。
まぁ、それが当然と言えば当然なのだが。
「まぁ、ちょっと付き合ってもらうだけだよ。気にしない気にしない。あ、土浦くんに連絡した?」
口早に言う香穂子に少ししか口を挟めない笙子はいえ、と小さく首を振った。
「じゃあ、連絡しなきゃね。ケータイ貸して」
「あ、はい」
そう言って差し出したパールピンクのケータイに香穂子は軽快なキータッチでメールを打つ。
笙子は不思議に思いながらも、その様子を黙って見ていた。
その様子を見ていた天羽が小さな声で冬海に告げる。
「驚いた?」
「え、あ、はい」
「まぁ、これは香穂子なりのサプライズだから許してあげてちょうだい」
「サプライズ?」
笙子が天羽に聞き返すのと同時にメールを打ち終えた香穂子の声があがった。
「おーわり!さ、時間まで一緒に遊ぼう!」
「え? あの、香穂先輩?」
笙子の戸惑いをよそに、香穂子の元気な声が天気の良い休日に響き渡る。
こういう姿を見ていると香穂子の彼氏である火原和樹に似ているなと、
どこか関係ないことを考えている自分に気づいて笙子は苦笑いを浮かべた。
とりあえず土浦に言葉が伝わっているのならばいいかと思いながら、香穂子の背中を追いかける。
香穂子のサプライズとは何なのか。
冬海の謎は深くなるばかり――――。
それから予定にあった駅で遊ぶこと小一時間。
笙子は香穂子と天羽に連れられ、駅前の店を回って遊んでいた。
土浦と一緒にいる時とは別の楽しさがあり、二人と遊ぶこともそう多いことではないため、
正直な話笙子にとって楽しい時間でもあった。
だが、やはり気になるのは土浦のこと。
いくら香穂子が伝えたところで、やはり当初の予定は土浦と会う約束をしていたのだ。
後で来るとは香穂子に告げられたものの、どこかで引っかかっていることも事実。
香穂子や天羽らと笑っていても頭の片隅で考えている自分に気づいて、
改めて土浦が自分にとって大切な人であることに変わりはないのだと言うことを痛感する。
いつからこんなに――――。
そう、考えていた刹那、聞きなれた声が笙子の脳みそを直撃した。
「冬海!」
驚いて声のするほうへ振り返ると、そこには背の高い、いつも見上げている人の顔があった。
「つ、土浦先輩!」
肩で息をして必死な顔をしている土浦の顔を見つめる。
土浦は笙子の顔を見つめ返して、ほっと頬を緩ませた。
「おそーい! ここならもっと早く気づくかと思ったんだけど」
「あのな、日野。言われた場所が広範囲すぎるぞ」
「まぁ、そうだけど。よく見つけたね」
「しらみつぶしに全部見て回ってたんだよ。・・・ったく、面倒なことしてくれるぜ」
「へへへ。でも笙子ちゃんのことすごい大事だって思ったでしょ?」
香穂子は楽しそうにさらりと言葉を告げる。土浦はうっと言葉を詰まらせて、少し顔を逸らした。
「笙子ちゃんも。土浦くんのことすごい大事な人だって思ったでしょ?」
「あ、あの・・・・・・」
反射的に笙子は顔を赤らめて、そして香穂子へ無言の問いを投げかける。
どうしてそのようなことをしたのだろうか、それが一番今香穂子に尋ねたいこと。
「お互いのこと大事だって思うことってすごく大事なことだしね。それが自分の大切な日だったらいい思い出になるでしょう?」
香穂子の予定はこうだった。
土浦にメールを探して、と言う趣旨のメールを送ることで笙子のことを大事な人だと気づかせ、
笙子もまた土浦のことを考えることで改めて大事な人だということに気づかせる、そういう考えだった。
そういうことは分かっていても、改めて気づくことはなかなかない。
それに気づかせること、そしてそれが大事な日であること。
だから香穂子は笙子の誕生日にそれを実行した。
それが、香穂子からの笙子への誕生日プレゼント。
その話を聞いたとき、天羽もまた協力するよと快く香穂子に快諾したのだ。
どうしてそれを思い立ったのか、それは数日前の火原との会話に隠されている。
『おれさ、ふっとこの間香穂ちゃんのこと考えたことがあったんだよね』
どうして、と香穂子が問うと火原はこう返した。
『香穂ちゃんと会えない日があったでしょ? あの日会えなくてつまらないって思ったけど、
一人で公園に散歩しに行ったとき、ベンチに座ってる一人のおじいちゃんが言ってたんだ。
「大事な人との絆は目には見えないが、ふとした瞬間に気づくことがある。
それはとても大切なことで、忘れてはいけないものだ」って。おれ、香穂ちゃんに伝えたいってそう思った。
大事だって、だからこれからも一緒にいて欲しいってね』
その言葉を聞いた時に、笙子への誕生日プレゼントはこれだ、と思ったのだ。
そしてそれを実行に移し―――成功した。
二人はそれに気づくことで、一層大切な人だということを自覚する。
「これが、私からの笙子ちゃんへの誕生日プレゼントだよ」
にこっと微笑んで香穂子は天羽を連れて土浦と笙子を置いて去っていった。
去る間際、香穂子は土浦へと言葉を告げる。
「ここからは土浦くん次第。いい思い出つくってちょうだい」
「そんなこと言われなくてもわかってるよ」
土浦の言葉に香穂子は楽しそうに笑っていた。
土浦と笙子は公園のベンチに座って海を見つめていた。
あの後、とりあえず昼が近かったこともあって、レストランへ入り食事をした。
予定していなかった場所ではあったが、絶品だと言われる数量限定のオムライスにありつけたことは幸いだろうと土浦は思う。
そうして、二人はどことなく手を繋いで訪れたのはいつも行き慣れている海浜公園だった。
笙子はただ黙って大きな海原を見つめ、土浦もまた黙ってそれを見つめる。
「・・・・・・日野にはやられたな」
ぽつり、土浦が言葉を漏らすと、笙子は小さく頷いた。
「でも、すごく嬉しい、プレゼントです」
「・・・・・・だな。ったく、アイツどんどん火原先輩に似てくるんだもんな。こういうサプライズが好きなのは火原先輩だけだと思ってた」
土浦のぼやきに笙子はくすくすと笑みを漏らし、「でも、素敵です」と答えた。
そんな笙子の頭をぽんぽんと撫でると土浦は空いた片方の手にポケットの中に忍ばせていたものを取り出して、笙子の手の上に載せる。
小さな袋を見て笙子は思わず驚いて顔を上げると、土浦のやさしい笑みが返ってきた。
「あの・・・・・・」
「日野ほどインパクトのあるものじゃないがな。・・・・・・似あうと思って」
包みをゆっくりと開け、笙子の手に載ったのは小さな花を模るイヤリング。
一体どのようにこれを買ってくれたのかと思うと不思議な感じはしたが、
照れながらもこれを選んでくれたのだと言うことが笙子にとって一番嬉しいことだった。
「ありがとう・・・・・・ございます」
笙子は思わず泣きそうになりながら、でもそれを必死でこらえて笑顔に変える。
土浦の想いが笙子の胸にじわりと熱く広がっていった。
大好きな人たちに祝ってもらえることも嬉しいが、何よりもプレゼントがどれも嬉しくて、どんなに感謝しても感謝しきれないと思う。
「・・・・・・これからも、よろしくな」
「よろしく、お願いします」
くすっと二人で微笑みあうと互いの手を重ねて握り締めた。
それが絆だと言わんばかりのあたたかなぬくもりがそこにある。
自分が生まれてきたことを祝ってくれる人のいる喜びを噛み締めて、笙子はもう一度手をぎゅっと握り返していた。
そう、それが冬海笙子にとって大切な日の思い出の一幕だった。
終