「何も覚えてろなんて言わないけどさぁ。その反応ってば何?」
思わず天羽菜美は声を挙げる。目の前で寝転んでいる恋人に向かって口を尖らせた。
それもそのはず、本日は恋人である天羽の高校の教師の誕生日。
「まさか、30代超えてる男が喜ぶと思うのか?」
呆れ声で言うその恋人であり教師である金澤紘人は机の上にあるタバコの箱を取り上げる。
ったく、と天羽は少し散らかった部屋の中を整理し始めた。
いつも金澤の家に来ると天羽は部屋の掃除から始めなければならない。
ついめんどくさがるこの恋人は自分の担当する音楽準備室でさえ、生徒に掃除を手伝ってもらうのだ。
もちろんその筆頭は自分だけど。
「ケーキとか買ってきたんだからさー。もう少しいい反応頂戴よ」
「いまさら俺に求めるなよ」
こぼす苦笑い。
天羽ははぁ、と一つため息をつく。
何を求めるわけでもないけれど、少しは驚いてくれたって良いじゃない。
お誕生日おめでとー!と天羽が勢いよくドアを開けると「あ?」と反応する金澤の姿があって、
天羽は思わず眉間に皺を寄せる。
まぁ、自分の誕生日なんて忘れるものかもしれないとも天羽は思う。
むしろ天羽自身の誕生日を覚えていてくれたことの方が驚いたけれど。
それ以上に驚いたのは誕生日プレゼントを買っていてくれたこと。
そしてそのプレゼントがシンプルなネックレスだった。
「とりあえず片付けるから手伝ってよ」
自分の家なのにと思っていても天羽はそれを口には出さない。
人には向き不向きがあることをよく理解していた。
それは自分が料理を苦手とすることからもあるが、一人暮らしの長い金澤は逆に料理は上手い。
「へいへい」
重そうな腰を上げてゆっくりと手を動かして掃除をし始める。
その後姿を見て、思わず天羽は見惚れていた。
何の変哲のない後姿だというのに、妙に色気を感じてしまったのだ。
なんで、こんなことでどきどきしてるんだか。
そりゃあ自分に比べて大人で、かっこいい部分もかっこ悪い部分もたくさん見ているけれど。
でも、普段の後姿なんて見ない。白衣を着てる後姿はたくさん見てきたけれど。
天羽は思わず首を横にぶんぶんと勢いよく振っていた。
「天羽?」
「あ、ごめんごめん。じゃあテーブルの上にケーキ置くね」
一年前、こんなことになるなんて思ってもいなかった。
それこそ天羽が好きだといったところで首を縦に振ることはなかったのに。
ダメもとで言った今年の初め。
ようやく彼は頷いてくれた。それは自分がもうすぐで高校を卒業するからだろう。
高校の卒業式が終わった後だからこそ、こうやって堂々と家にも入ることができる。
普通に肩を組んで街中を歩くこともできる。
何よりも黙っていた親友とそう言う話ができることを少なからず嬉しく思っていた。
「じゃあ、改めて誕生日おめでとう♪」
「ありがとうって言う年でもないがな」
「まぁまぁ、いいじゃない。めでたいことはめでたいんだから」
言いなだめて天羽は金澤の前に座った。
1ホールの小さなサイズのケーキ、シンプルなショートケーキは意外にも彼が食べられるものの一つ。
甘いものが苦手そうに見えたのに、と天羽は思ったことを覚えている。
Happy Birthday Hiroto♪
天羽は心の中で呟くと、持ってきた包丁で静かにケーキへと刃を入れた。
そっと落ちる音と静かな二人の時間と。
大好きな人が生まれてきたその日を祝う大事な日を。
小さな幸せを感じて天羽は微笑んでいた。
終