火原家の血筋2


さて、火原家訪問の当日。
前と同じように、火原が自転車で迎えに来てくれた。時間は、前とは同じではなかったけれど。

自転車に2人乗りをしながら、火原が香穂子に話しかける。

「今日さ、もう、うち大変。母さん朝から張り切っちゃってさ、おれも今まで掃除させられてたんだよ」

「そうなんですか?あ、だから先輩、髪の毛結んだまま?」

香穂子が火原のおさげに触れる。

「え?結んだままだった?わー、おれ、すげーかっちょわりぃ〜」

そう言って、髪を括っていたゴムを取ってしまう。
その所為で、火原の少し長い髪が風になびいてふわふわと揺れた。

「別に格好悪くないのに」

「え?何か言った?」

小さく呟いた香穂子の言葉は、火原の耳には届かなかったようである。
自転車の2人乗りという特性上、後ろの人の声は前の人には聞こえにくいのである。

「ううん、どんな先輩でも好き!って言ったの」

「え?!」

今度は聞こえるように少し大きな声で言ってから、ぎゅっと火原の腰に手を回してしがみつくと、火原が照れたのが分かった。

「香穂ちゃん、ずるいよ」

「どうして?」

「だって、そんな可愛い事言われたら、おれだって香穂ちゃんの事ぎゅって抱き締めたくなるのにさ。この状況じゃ抱き締められないじゃないか」

火原はちょっとだけ後ろを振り返って、それからまた一生懸命自転車を漕ぎ出すとそんな事を言った。

「大丈夫です、代わりに私がいっぱいぎゅってしてあげるから」

「……あんまりそうされると、ちょっと困るんだけど…」

それは先程から背中に感じる柔らかい、けれどもしっかりと自己主張している香穂子の胸の所為。そんなに自己主張されてしまうと、家にではなく違う所に行きたくなってしまうではないか。勿論、そんな事でもしようものなら後でどんな目に遭わされるか分かったものではないが。

そんな火原の呟きが香穂子に届いたのかどうか。
火原は家に着く迄、己の葛藤と戦う羽目になってしまったのだった。
 


火原家の前に着いて、自転車から降りた途端、香穂子を緊張が襲った。
やはり、いつもとは訳が違う。火原の両親に会ったら、こう挨拶しようとか一通りシミュレーションした事が一瞬で吹っ飛んでしまった。
カチーンと見た目にも分かる程固まってしまっている香穂子に、火原は優しく声をかけた。

「大丈夫、香穂ちゃんはいつも通りにしてれば。おれの親なんだから緊張しなくたって、平気だって」

少しでも緊張をほぐしてあげようと思って言ったつもりだったが、香穂子には逆効果だったようだ。

「せ、先輩のご両親だから緊張するんじゃないの」

コンクールの時より緊張するかもー、と呟いた香穂子の手を握って。

「大丈夫。あんなに大勢の観衆の前で、堂々と演奏出来た香穂ちゃんだもん。平気平気」

「ちょっと、先輩、私まだ心の準備が…!」

「此処まで来てジタバタしないの。母さーん、香穂ちゃん連れてきたよー!」

そう言って、香穂子の手を引っ張って玄関を開けてしまうから、仕方なく後に続く。
程なくして、パタパタとスリッパの音も賑やかに火原の母が現れた。

「まぁまぁ、ようこそいらっしゃいました。初めまして、和樹の母です」

「あ、初めまして、日野香穂子です。和樹先輩にはいつもお世話になってます」

「いえいえ、こちらこそ家の愚息がお世話になって」

「母さん、とにかくここじゃなんだから香穂ちゃんに上がって貰ったら?」

放っておくと玄関先でいつまでも挨拶合戦を繰り広げてそうな気がして、火原がそう促す。

「それもそうね。和樹、あんたもたまには良い事言うわね」

「たまにはって何だよ〜!香穂ちゃんが来てる時にそう言う事言うなよな」

「事実でしょ。そんな今更、取り繕ってどうするのよ」

「う、おれに花持たせてくれたっていいじゃん、こんな時ぐらい」

「甘いわよ、和樹。こんな時だけ良い所を見せようったって、そうは問屋が卸しません」

「ひでぇ!ね?香穂ちゃん、こういう親だからさ、緊張する必要なんて無いって」

「そうそう、緊張なんかしないでね。こういう息子だから」

ぷっ

2人のやり取りに思わず笑ってしまった。良くも悪くも、先輩のお母さんなんだなって思ってしまった。

「さ、どうぞ上がって下さいな。散らかしてますけど」

「はい、お邪魔します。あ、これ、お口に合うと良いんですけど…」

香穂子は持参したケーキの箱を差し出した。
 
「まぁ、ありがとう。やっぱり、女の子はこういう気配りが違うわね、嬉しいわ。一緒に食べましょうね」

火原の母はにっこり笑ってそう言うと、ケーキの箱を受け取って香穂子をリビングへと促した。

「香穂子ちゃん、いらっしゃい。俺とはこの間会ったよね」

火原の兄に声をかけられて、軽く会釈をすると、そこには火原の父も揃っていて。まさしく火原家総出でお迎えされて、ありがたいやら恥ずかしいやらで、香穂子は耳が熱くなってくるのを感じた。きっと、顔も赤くなっているのだろうけど。

「香穂ちゃん、ここ座って」

火原に促されて、三人掛けのソファに腰を下ろす。隣に火原が腰を下ろした所で、母がお茶を運んできた。

「さ、お持たせで悪いんですけど、お茶にしましょう?」

「あ、スミマセン。お手伝いします」

香穂子はケーキの皿や、紅茶の入ったカップを受け取って並べる。
それぞれにお茶を飲んだり、ケーキを食べたりと一息ついた所で、火原がコホンと一つ咳払いをして言った。

「この子が、おれの彼女で日野香穂子ちゃん。星奏学院の二年生でヴァイオリンを弾いてるんだよ」

「日野香穂子です、よろしくお願いします!」

思わず立ち上がってぴょこんとお辞儀をしてしまった。ほとんど反射のようにしてしまった事が恥ずかしくて、下げた頭を上げられなくなってしまった。そんな立ち上がる必要はなかったかもしれない、そう思ってしまったから余計に。

「まぁ、取りあえず座って座って。そんなに固くならずに」

火原の父がそう声をかけてくれて。その言葉に甘えて、ようやく顔を上げる事が出来た。


和やかな談笑が続いていた所に、電話のベルが鳴った。

「はいはーい、今出ますよ。はい、火原でございます…はい、え?」

電話の応対をしていた火原母の声色が変わる。

「分かりました、はい。じゃぁ、これからすぐにでも」

電話を置いた火原母は香穂子に向き直るとこう言った。

「ごめんなさい、急な仕事が入ってこれから行かなくちゃならなくて。もっとゆっくり香穂子ちゃんとお話ししたかったんだけど、そうもいかなくなっちゃったみたい」

「お仕事ですか?」

「そうなの、雑誌編集の辛い所よね。休みの日もお構いなしなんだから。あ、私の事は気にせずにゆっくりしていって?それで、また遊びに来てくれると嬉しいわ」

今度は女の子同士、ゆっくりお買い物にでも行きましょうね。と続けて、火原の母はリビングを出て行った。

「…もう、女の子って言える歳じゃないと思うんだけど……」

火原は母が出て行くのを見届けてから、ボソリとそんな事を言った。

「さてと、母さんが出掛けちゃうんならもういいかな。香穂ちゃんおれの部屋にいこ?父さんも兄貴も、もう気が済んだだろ?」

香穂子は質問攻めと言っていい程、火原以外に話しかけられていて。火原自身はまだゆっくり香穂子と話もしていないと言う、そんな状態だった。

「はいはい、後は若いもん同士でどうぞ。…っと、和樹ちょっと耳貸せ」

「…何だよ」

火原が不承不承と言った様子で兄の側に近寄る。そんな火原に兄はこっそりと耳打ちした。

「今日は我慢しておけよ?家の壁薄いからな」

「〜っ!!」

にやりと笑ってそう言うと、赤くなって唇を噛みしめている火原の背中をベシベシと遠慮無く叩いた。

「先輩?」

「いこっ!香穂ちゃん」

「あ、あのっ、失礼します」

火原は香穂子の手を取ると、半ば引きずるようにして部屋を出た。そんな2人の様子を見て、火原兄と父はニコニコと笑いながら手を振っていた。

「青春だねぇ」

火原父はのんびりとそんな事を言った。

「全くだね、見てるこっちが恥ずかしくなる位だよ」

「まぁ、それも青春の醍醐味だろ?この世の春だねぇ、結構結構。命短し恋せよ乙女ってね。和樹にもそんな相手が現れて良かったじゃないか」

「確かにね。イイコだよ、香穂子ちゃんは」

「そうだね。あんな子が和樹のお嫁さんになってくれたらいいのになぁ」

「…父さん、それはまだ気が早いってば」

お茶を飲みつつそんな話に花を咲かせている、火原父と兄だった。


階下でそんな会話が繰り広げられているとはつゆ知らず、火原はようやく自室に入って一息つくと、掴んでいた手首をそのまま引き寄せて、遠慮無く香穂子を抱き締めた。

「先輩っ?!」

「しー、香穂ちゃん」

「しーって…っ!」

少し体を離して人差し指を唇の前に立てて、静かにのジェスチャーをした火原は香穂子の手を取ると、少し身を屈めて唇を塞いだ。

「せんぱ…っ!」

抗議するような香穂子の声が上がるが、火原はそれに構ってられなかった。ただ香穂子の唇を奪い続けた。
やがて香穂子の体から力が抜けて、くったりと火原にもたれ掛かって。そんな香穂子の様子に満足して、火原はようやく唇を開放した。

「…ひどい」

ようやくまともに息が出来るようになった香穂子は、すっかり涙目になってしまった目元を擦る。

「…ごめん」

火原が香穂子を抱き締めたまま謝る。

「…謝る位なら何で?」

香穂子だって別に火原にキスされるのがイヤと言う訳ではない。むしろ恥ずかしいけど嬉しいと言った所なのだが、こんな性急な求められ方には慣れていないのだ。

「…香穂ちゃん、おれの彼女なのに。それなのに、おれと話すよりもみんなとばっか話してて…」

「はい?」

「家に来るまでだって、香穂ちゃんの事抱き締めたくて仕方がなかったのに、それも出来なくて…」

「先輩?」

要するに、自分と話せなかったから、触れ合えなかったから、その反動でこういう事になったと言うのだろうか。

「しかも、バカ兄貴は余計な事言うし。それ位おれだって分かってるってば」

香穂子はぶつぶつとこぼす火原の背中に手を回して、ぎゅっと抱き締めた。

「先輩、凄い独占欲」

「…うん」

「でも、先輩のお家の人ですよ?」

「うん、それも分かってるんだけど。ごめんね香穂ちゃん、おれガキみたいで」

「分かってるなら宜しい」

「あ、それもひでぇ!」

しばらく笑いあった後、ようやく腕の戒めも解かれて、向かい合わせで座り込んだ。

「…香穂ちゃん」

ちょっと油断していた所に、また。

「先輩、下にお家の人いるんでしょう?」

「うん、だからキスだけ」

「ホント?」

「…我慢します」

そう言って柔らかく唇を塞いで。
火原は再び、自分自身に我慢という名の戦いを挑む事になるのだった。






END

*お返し*
わーい!ありがとうございます!
実はずっとこのネタがあるって聞いた時から是非!と言っていたものなのです。
そうしたら思いがけず頂いてしまいましたv
いいですよね、火原家。大好きだわ・・・(笑)