火原風味のお題


1. 先輩として・男として



おれも男だからとか、そういうこと考えてるわけで。
だから、放っておけなかったんだ、多分。

音楽室の端でぽつんと佇む彼女を見つけた時に。
一人だけ違う色の制服を着ている彼女に興味を持った。
どんな子なんだろ。
おれって先輩だから、先輩らしいとこ見せたいなって思っていたのも事実。
ヴァイオリンでの参加って聞いてどきどきしてたんだ。

「ね、ね、きみ」

そう言うと驚いた顔をしておれを見てたっけ。
「おれ、火原和樹。トランペットなんだ。きみは?」
驚きながらもおれを見てしどろもどろに答えたその印象は今でも覚えてる。

「日野、香穂子です・・・・・・」

「日野、香穂子ちゃん?じゃあ、日野ちゃんね」

笑って言うとはとが豆鉄砲食らったような顔をして、でも次の瞬間少しだけ顔を綻ばせて。
でも、ちょっとだけ困った顔をしながら言う。

「よろしく、お願いします」

「こっちこそ、よろしく!」

同時に頭を下げたのは多分気のせいなんかじゃない。





2. スカッとしよう!



難しいこと考えるとわからなくなって、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
こう言うときはやっぱり身体動かすのが一番だからと外へと駆け出した。
休日の公園はどこも混んでいて、ちょっとだけそれが窮屈に感じないでもないけど。
でも、この相棒と一緒に来たから平気、そう思ってあたりを見回した。
どこからともなくかすかに聞こえてくる音色がヴァイオリンだと言うことを示す。
あれ。
この音。
音のする方へと走らせるとそこには日野ちゃんがいた。

「日野ちゃん!」

ちょうど演奏を終えた日野ちゃんに声をかけると驚いた顔をして「火原先輩」とその声音でおれを呼ぶ。

「ね、今ヒマ?」

「はい。大丈夫ですよ?」

「じゃあ合奏しようよ!」

おれの言葉にふふっと笑って日野ちゃんは首を縦に振った。

「はい。火原先輩が良ければ」

合奏する楽しみを教えてくれたのはきみ。
スカッと気持ちが良くて、その音は空の彼方へと突き抜けてゆく。




3. 中途半端な心




このところよくわからない気持ちが胸の中にあって。
それが不思議な気持ちで、おれは思わず眉間に皴を寄せる。
そんな顔をしてるからかもしれないけれど、親友の柚木にピンと額にでこピンを食らった。

「った〜〜〜!柚木っ!」

「らしくないこと考えているからだよ。自分の気持ちに素直になってごらん」

「って言われても全然わかんないんだけど」

「・・・・・・火原にもやっと春が来たみたいだね」

「はぁ?」

首を傾げていると柚木はやれやれと肩を竦める。
だから、全然わかんないんだって。

「まぁ、いいけど。そのうち気づくよ。そのことの意味をね」

柚木はそう言うと自分の席に戻って行った。
おれはその後姿を見つめて、更に皴を寄せることになったけど。

ふわふわ、ドキドキ。
わからない気持ちは宙ぶらりんのまま。



4. きみが教えてくれた事



「おれね、日野ちゃんから教えてもらったことたくさんあるんだ」

「え?私がですか?」

「うん」

不思議そうな顔をしておれを見る日野ちゃんにくすっと笑って言葉を接ぐ。
気づかないかもしれないけれど、ひのちゃんには沢山色んなことを教えてもらったから。

「合奏の楽しさとか、色々と。それに、」

「それに?」

「・・・・・・これはナイショ」

「えー。ずるいですよ、火原先輩」

「ずるくないよー」

くすくす笑って言うと、ぷうっと頬を膨らませる日野ちゃんの顔。
そういうところかわいくて、ぎゅっとしたくなる。
ぎゅっとしたくなるのと同時にすごく愛しい。

おれ、きみにおしえてもらったことがあるんだ。
きみといるだけでこんなにも幸せになれるってことを。





5. セツナイ気持ち



きみがおれじゃない男と話してるのが、羨ましいって思って。
その笑顔がおれに向けられていないってこと知ってしまうと苦しい。
おれ、きっと変なんだ。
なんかぎゅっと胸が締め付けられて、どうしていいのかわからないし。
そんなこと言ったら日野ちゃんは変な顔するかな。
おれ、どうしたらいいのかよくわかんないよ。

「日野ちゃん・・・・・・」

笑ってしゃべっている姿を見てると苦しくて。
こんなんじゃトランペットだって吹けやしない。

この苦しい想いの名前は何て言うのか何となく知ってるけど、それを口にすることはできなかった。

おれは。

日野ちゃんのことが。




6. 「特別」 になりたい



いつだって思ってることがある。
おれはきみにとってどんな存在なのかなって。

「火原先輩?」

「わ、日野ちゃん!?」

目の前に突然現れた日野ちゃんの顔におれは驚いて一歩後ろに下がった。
うわー、まだ心臓がばくばく言ってる。

「呼んでも全然反応ないし、どうしたのかなって思って」

「あ、あれ。おれのこと呼んでたの?」

「はい。でも上の空でしたよ?」

ぷうっと頬を膨らまして日野ちゃんは言う。
全然入り込む隙がないんだもん、小さな声がそう返した。

「ごめんごめん。ちょっと考えごと」

「このところ最近ずっとそうですよね。どうしたんですか?」

困ったことがあるなら相談してください、日野ちゃんの優しい声音が響く。
おれは一瞬だけでかかった言葉を喉の奥に押し込めた。

「何でもないよ」

「そう?」

「うん。ごめんね、あ、帰ろっか」

「はい・・・・・・」

少し不満そうな顔をしているけれど、これだけはまだ聞けない。
だって、おれは。

『きみにとって特別な存在になれるかな?』

きみの、特別になりたいよ。




7. 楽器と仲良く



おれの相棒は高校に入った時に買ってもらったものだった。

「じゃあ高校に入ってからずっと一緒なんですね」

「うん。おれ、こいつがいないとダメなんだよね」

「一心同体?」

「そうかもしれない」

日野ちゃんと他愛ない会話をして、一時休憩。
さっきまで合奏してた余韻か、今不思議な高揚感があった。

「いいなぁ、火原先輩」

「何で?」

「何でも」

ちょっと困ったような顔をして日野ちゃんが笑う。
首を傾げて見つめているとあ、気にしないで下さいと日野ちゃんは言った。

「だからなんですね。火原先輩とトランペット、すごく仲が良さそうだもん」

ちょっとばっかし妬けるかも、なんて日野ちゃんが言うからおれも思わず言ってしまった。

「それを言うなら日野ちゃんとヴァイオリンも仲良しでしょ」

ふたりでぷっと笑い始めたのは同時のこと。




8. 空回りの放課後


放課後、ヴァイオリンが壊れた日野ちゃんは一目散に学校を飛び出していった。
その理由をリリちゃんから聞いて、思わずいてもたってもいられなくて、
天羽ちゃんから電話番号聞いて日野ちゃんに電話をした。
でもやっぱり電話口でも日野ちゃんは何も言わなくて。
それが却って怖かった。

翌日も一人で黙ってる日野ちゃんがいて、声をかけたらまた泣いちゃって。
泣いてる日野ちゃん見てたらどうしていいのかわかんなくて。
おれ、どうしたらいいんだろう。
とにかく日野ちゃんの笑顔が見たかったんだ。

「おれ、何て言っていいのかわかんないけど、日野ちゃんの笑ってる顔、好きだよ」

そう言ったら瞳にうっすらと光るものを残して笑っていた。
泣いてる顔なんておれは見たくないから。
どんな顔をしてる日野ちゃんでもいいけど。

やっぱり一番似合うのは笑顔だから。

だから、笑って、日野ちゃん。




9. 一番最初はきみに



おれ、知って欲しかった。
気づいて欲しかった。
でも、おれからちゃんと伝えたかった。

この想いを、きみに。


「この曲ね、日野ちゃんに一番に聴いて欲しかったんだ」


そう言って第四セレクションで弾いたのは『エレジー』。
こういう曲初めてで、正直最初どういう風に弾けばいいのかなんてわからなかったけれど。
今ならわかる。
きみを想って弾けばわかること。

想いはいつもここに溢れているから。



10. カツサンドよりも


あーんと大きな口を開いておれは大好きなカツサンドを食べようとした。
そうしたらすっと手の間から取られて、きみの手の中に納まる。

「ねぇ、和樹先輩」

「うん?」

「カツサンドと私、どっちが好き?」

一瞬、その質問の意味がわからなくてきょとんとした眼差しをすると、きみは苦笑い。
やっぱりカツサンド?なんて言うからおれはきみの手を引っ張って抱き寄せる。
おれの胸の中に納まったきみはかわいくて。

「香穂ちゃんに決まってる」

けど、でもね。

「両方とも大好きだよ」

そう言いながら香穂ちゃんの頭にキスを落とした。
本当はカツサンドよりも香穂ちゃんのことが、好きだから。






*あとがき*
ショートショートな形式で書いてみました。
意外とこの短さって書きにくくて、拍手もそれなりに長いし。
けど、この短さで考えるっていうのは面白かったなと。
また何かしら書ければいいなって思います。
いつも香穂視点だから、たまには火原で一貫して書いてみました。