ここはやっぱりがんばるべきよね、私。
デートは初めてじゃないし、何度も一緒に出かけているのにどうしてこんなに緊張するんだろう。
日野香穂子はそんなことを考えながら隣で歩く火原和樹をじっと見つめていた。
香穂子の視線に気づいた火原が首を傾げて香穂子へと問う。
「香穂ちゃん?どうかした?」
「え?あ、えっと何でもないです」
「そう?だったらいいけど」
腑に落ちないのだろう火原は薄く眉間に皺を寄せたまま、言葉を続けた。
「そろそろお昼にしよっか。どこに行く?」
「じゃあ、今日はここに行きません?」
香穂子は示した指先には、初めて二人でデートしたカフェがあり。
火原は一瞬だけ言葉を飲み込むと「そうだね」と頷いて香穂子の手を引っ張る。
香穂子もまた火原と一緒にその扉を開いて中へと入っていった。
初めてデートした場所、何気なく訪れたカフェは思い出がたくさん詰まっていた。
緊張した初めてのデート。二人とも顔を赤らめて何をしゃべってるかわからなくなって。
でも、すごく楽しかったのを覚えてる。
あの時の気持ちを忘れずにとはいっても、時は色を変えてゆくから。
少しだけあの時の気持ちに戻ってみたかった、香穂子はそう思ったのだ。
椅子に腰を下ろすと香穂子と火原はメニューから食べたいものを選び、注文をした。
「なんかすごく久しぶりだね」
「そうですね。ちょっとだけ原点に立ち返ってみたかったって言うか」
「え?」
香穂子はがさごそと鞄の中に入れていた包みを取り出して火原の前に出した。
「ハッピーバレンタインです、和樹先輩」
「あ、そっか。今日バレンタインデー」
今の今まで忘れていたのだろう、そんな火原を見て香穂子は苦笑いを浮かべる。
「感謝の気持ちと、今の私の気持ちなんです」
「これ、開けてもいい?」
「はい」
包みをあけるとそこには手作りのブラウニーが顔を出す。
火原はぱくり、口の中へと一切れ放り込んだ。
甘いチョコレートの香りが口の中へと広がってゆく。
「うん、すっごくおいしい!香穂ちゃん、おいしいよ!」
「良かった。喜んでもらえて」
箱の内側に隠れていたカードに気づいて、火原は開くとそこには短く言葉が綴られていた。
「あ、それは、後で・・・・・・」
香穂子の静止に気づかないふりをして火原はその言葉を食い入るように見つめていた。
素直な香穂子の気持ち。
それは火原も同じ想いを抱えているでいるのだが、言葉にされるとまた違った意味で気持ちが伝わるようで。
『とってもとっても大好きです』
かわいらしい香穂子の癖字に火原は頬を綻ばせる。
どうして香穂子は火原が喜ぶことをわかってしまうのだろう。
柔らかな茶色の双眸が香穂子の瞳を見つめ、香穂子は照れているのか頬を少しばかり紅くしていた。
「・・・・・・見ちゃいました?」
「うん、見ちゃった」
「今日はね、女の子が勇気を出す日なの。伝えたい言葉って何だろうって思ったら、この言葉しか浮かばなくて」
好きの最上級の言葉、かっこいいきざな言葉よりも簡単な言葉で伝えた方がきっと伝わる。
火原のことが好きで、大好きで、いつも幸せをくれる火原へと伝えたいこと。
「ねぇ、香穂ちゃん」
「何ですか、和樹先輩」
「おれもね、」
大好きなきみへ。
届け、この想い。
『香穂ちゃんのことが大好きだよ』
シンプルでやさしい言葉を伝えよう。
終