どんな時でも、不思議と音を奏でれば元気が出るのを知っている。
それで何度も助けられたのを知っているから。
だから、合奏しよう――――?
なぜかぼんやりと遠くを眺める香穂子の背中がさびしそうに見えて。
どうしていいのかわからなくて、でもどうにかしてあげたくて。
だから自分の相棒を持ってぽんとその背中を軽く叩いた。
すると香穂子は驚いた顔をしてこっちへと振り向く。
「――――火原先輩」
「ね、香穂子ちゃん、合奏しよ?」
「へ?」
きょとんと間抜けな顔をして香穂子はじっと自分を見ていた。
その瞳にひるむことなくもう一度言葉を告げる。
「ね、合奏しよ」
少し強引かなとは思ったけれど、自分の相棒を手前に差し出すと、
香穂子は笑って香穂子の相棒をケースから出した。
それは合奏をすると言う意思表示。香穂子の顔に少しだけ笑顔が戻ってきたのを見てほっとする。
「何やりましょうか?」
「何でもいいよ。香穂子ちゃんの好きな曲で」
そういうと少しだけ困った顔をして、次の瞬間真剣な顔をして考える。
香穂子の横顔を見つめながら、何を考えているのか気にはなるけれどこればかりは仕方ない。
ただ黙って回答を待つだけだった。
「んー、じゃあ一度火原先輩と『ロマンス ト長調』やってみたかったの」
大丈夫ですか?と小首を傾げながら問う香穂子にうんと頷いて笑って答えた。
「うん、おれも香穂子ちゃんとやってみたかった」
本音だった。香穂子と一緒に演奏してみたいと何度も思っていたのだから。
そう言って笑うと香穂子の顔に笑みがこぼれる。
その笑いになぜだかドキッと胸が飛び上がるような心地がした。
『かわいい』
思わずその一言が脳裏を過って、頭の中の霧を慌てて一掃するとまた少しだけ鼓動は落ち着く。
もともと香穂子がかわいいのは知っていること。
けれどさっき見せていた憂いのある顔や笑っている顔はまた一つずつ違って見えて。
いつもと同じはずなのに、同じじゃない。昨日と今日がまた違うのと一緒。
不思議な感覚に自分自身が戸惑いそうになる。
平静でいられなくなる。
ドキドキと高鳴る鼓動をぎゅっと抑えながら、トランペットを構えた。
香穂子が演奏した翌日には楽器店でこの曲の楽譜を買いに行ったのは記憶に新しい。
買ってきてからすぐに練習して、今では楽譜なしで吹ける曲の一つ。
それぐらいこの曲が好きだった。
「じゃあ、火原先輩」
「うん。やろ♪」
目が合うと、香穂子はすうっと瞳を閉じてヴァイオリンの音色を奏で始めた。
その音と合わせるようにトランペットを吹いて音色を紡ぎ出す。
少しだけ早い鼓動の音を聴きながら、どこか不安ででもどこか楽しくて。
わくわくするような、そんな感覚に不思議と魅せられる。
きみに出会って、毎日がすごく鮮明で、すごく楽しい時間がそこにはある。
悲しい顔をしていればすごく気になるし、嬉しい顔をしていればすごく嬉しい。
ねぇ、いつでも笑っていて。
トランペットとヴァイオリンで二人で奏でて、このドキドキする気持ちを音に託そう。
この高鳴る鼓動の理由なんてわからない。
不思議なこの気持ちをどうにかする術なんて知らなけれど。
音を楽しむことを知っている君とだから、この気持ちの答えはわかるかもしれない。
確信にも似たこの想いとともに音を作っていきたいと思うから。
だから、合奏しよう?
終