どんな小さなことでも。
どんなささいなことでも。


その日が記念日になるの。

そう、それがあなたの誕生日だったらなおのこと。





どんなも記念










「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

校内に響き渡るのは香穂子の大きな叫び声。
その声にびっくりしたのは隣にいた天羽菜美も、冬海笙子ももちろんだが。
少し離れた場所にいた、火原和樹も同様だった。


「香穂ちゃん?」


その場からは見えない香穂子を思い出す。
火原としゃべっていた土浦が眉間に皺を寄せて「日野?」と怪訝そうな声を出していた。



「何、どうしたのよ、香穂」

「どうしたんですか?香穂先輩」


二人の言葉が耳に届いているのか否か、香穂子はわなわなと手を震わせて呟く。



「忘れた」



ぽつりと呟いた声に菜美も笙子も思わず顔を見合わせた。
一体、何を?


「忘れた・・・・・・」


「だから、何を?」



「今日に限って何で、忘れちゃうかな―――!私のバカッッ!」


自分を罵倒する香穂子を見て、ようやく菜美は合点がいったのか、あぁと頷いた。
笙子が首を傾げていることに気づいて菜美は言葉をつけたす。

「今日は何日?冬海ちゃん」

「12月12日―――――あ、」

「そ、香穂ってばバカねー。よりによって彼氏の誕生日にプレゼント忘れるんだもん」

菜美の一言が聞こえたのか、香穂子の耳がぴくりと動く。

「忘れたんじゃないもん! 玄関のところにおいてきちゃっただけで」

「それが忘れたって言うんでしょ」

「うっ・・・・・・!」

香穂子の必死の弁明も空しく、菜美の一言によって一蹴される。

「で、でも学校終わってから走って戻ってくれば、間に合いますよ」

「それは無理〜〜〜〜!」

「香穂、終わったらすぐに火原先輩とデートする約束してるのよ」

菜美は横目で香穂子を見ながら笙子の言葉を返した。
ばかね、と一言小さな声を発するも香穂子の耳には届かない。
笙子は困った顔をして色々と思案していた。


「何、どうしたの、香穂ちゃん」


ひょこっと土浦と一緒に現れた火原に香穂子はぎょっと目を見開いた。
その形相に驚いたのか、火原も一瞬たじろぐ。それは土浦も一緒で。


「ご、ごめんなさい〜〜〜〜!!」


そう言って香穂子は踵を返すと一目散に逃げる。
一瞬火原は何が起きたかわからず、一歩出遅れるも体が香穂子を追いかけていた。


「ちょ・・・・・・っ!香穂ちゃん!!」


二人の背中を見つめて、残された三人はため息をつく。

「どうしたんだ? 日野は」

「どうってこともないわよ。香穂がドジ踏んだだけ」

「あ、火原先輩の誕生日なのに、香穂先輩、プレゼント忘れたみたいで・・・・・・」

菜美と笙子の答えに納得がいった土浦は呆れた顔で肩を竦めた。

「相変わらずお騒がせカップルだな」

「右に同じ」

菜美は同感と頷き、笙子は苦笑いをこぼして。
どうもこのお騒がせカップルに振り回されがちな三人は、今度何だろうと思っていた。






香穂子は必死に逃げて、走って、走って逃げて。
火原はそんな香穂子を必死で追いかけて。
そうして香穂子が逃げた先は森の広場。

「香穂ちゃんっ!」

香穂子の名前を呼んでも香穂子は振り向きもせずに走る。
火原はいい加減やきもきさせる香穂子の態度にむっとなって走るスピードを上げた。
元陸上部、さすがと言って良いほど走りには自信があるのか、一気に香穂子の腕が掴める位置までくると、
香穂子の細い腕を火原は掴んでやっとのことでほっと息をする。
逃げることができなくなった香穂子はただ黙ってその荒い息を整えていた。

「香穂ちゃん・・・・・・どうして、」

言いかけたところで香穂子の肩がにわかに震えているのがわかって火原は慌てた。
ど、どうしようとわたわた身振り手振りしていると、黙っていた香穂子がしゃっくりをあげて言葉を口にする。

「今日、何日」

「12月12・・・・・・って、」

「ごめんなさい・・・・・・プレゼント、忘れたの」

それでかと火原はようやく合点がいって深く息を吐き、香穂子の前にかがんだ。
くしゃくしゃな顔をしている香穂子を見て、ぎゅっと胸が締め付けられる想いに駆られる。
思わず香穂子を抱き寄せて抱きしめた。

「いいんだよ。おれ、香穂ちゃんがいれば、それだけで幸せだから。
プレゼントなんていらないよ。おれは―――香穂ちゃんの時間が欲しい」

「え?」

火原から予想外の言葉に香穂子はきょとんとして顔を上げる。
ぽつりと頬に残る雫を火原は指の腹で撫でた。

「一緒にいて、傍にいて、それだけでおれは嬉しい」

ね、だから泣かないで?

火原の言葉に香穂子はこくんと頷く。
やっぱり敵わないなぁと思いながら香穂子は上目遣いで火原を見つめた。
いつになく優しい顔をしてこちらを向いて。
そんな火原がたまらなく大好きだから。

「あ」

「あ?」

火原につられて香穂子は語尾にクエスチョンマークをつける。
何かひらめいたと言わんばかりの顔をして火原は香穂子を見遣った。

「ね、香穂ちゃん」

「はい?」

「おれさ、いい誕生日プレゼントの方法思いついた」

「え?」

わくわく、ドキドキ、それを身体で表現して身を乗り出しながら言う。
香穂子は不安なような複雑なような表情を浮かべて火原の瞳を見つめた。
ふっと雰囲気が変化する。
火原が前に寄ってきて、香穂子はそれを黙って見つめて。
香穂子の手を握り締めながら頬にキスを落とした。
一瞬何が起こったのかわからなくて、香穂子は目をぱちくりさせる。

ここは森の広場。

今は昼休み。




したがってたくさんの生徒がいるわけで。

「というわけで、もらいましたー」

くすくすと楽しそうに言う火原に対して、香穂子はというと顔を朱に染め上げて、
何度も目をぱちぱちと繰り返していた。


「ひ、あ、和・・・樹、先輩っ!」


喉がからからで言葉がもつれて、香穂子は赤く染めた頬に手を当てて。


「もー、バカバカ〜〜〜〜〜!!」


恥ずかしいのと嬉しいのと混ざり合って、香穂子は声を上げる。
火原はきょとんとした顔で香穂子を見遣った。

「え? 何?」

「鈍感、バカ、和樹先輩のバカっ」

「え?香穂ちゃん??」

「和樹先輩なんて知らないっ!」

「どうしたの? 香穂ちゃん??」


火原の戸惑いの声と香穂子の恥ずかしさのあまり荒らげる声が森の広場に広がる。
いい加減どうにかしてくれと思うのは周りの反応で。
相変わらずバカップルなこの二人を見ていると、誰もがため息をつきたくなった。

逃げ出す香穂子。

それを追う火原。

でも、それがなぜか楽しくて嬉しくて。
どこかくすぐったい気持ちになるのは。


楽しい時間は始まったばかり。
そう、だからまだ言わないよ。


ハッピーバースデー、和樹先輩。



心の中でそっと呟いて、香穂子は火照る頬に手を当てて走っていた。