やっぱり素直になんてなれなくて。
「かわいくないっ!」
「俺がかわいくてどうするんだよ」
「あー、もう!ああ言えばこう言う!」
「あんたもだろ!」
言い合いを始めてからかれこれ五分はゆうに経とうとしていた。
そんな時間の経過を二人が見ているはずは当然なくて。
「だから言ったじゃない。人前でキスするのはやめてって」
「挨拶みたいなもんだからいいだろ」
「あ・・・挨拶ってね・・・私はアメリカ人とは違うんですー」
いーっと歯を見せて香穂子は桐也に対抗した。
桐也はというと肩を竦めて首を傾げる。
「キ、キスはそんな軽いもんじゃ・・・・・・」
口を尖らせながら香穂子は視線をつま先へと向け、眉間に皺を寄せて溜め息を吐いた。
前にも一度だけあった同じような出来事に香穂子は桐也にやめるよう咎めた。
人前だけでするのはやめてと言い、桐也もそれは納得したはずだったのに。
あの日は日曜でまだ知っている人が少なかったものの、今は学校にいる時間帯、つまりは平日の放課後だ。
当然香穂子のクラスメイトや知り合いがたくさんいる中でそれは起きたのである。
一瞬頭の中が真っ白になり、はっと我に返ると香穂子は慌てて森の広場の奥へと桐也を引っ張って連れてきた。
「へぇ、意外と香穂子は古風なんだな」
「古風って、違うよ」
「どう違うわけ?」
「ただ、人前が嫌なだけ。知ってる人に見られるのは・・・やだ」
俯いたまま言葉を口にする香穂子の頬が俄かに頬を紅く染める。
桐也はちらりと香穂子の表情を盗み見ると、ゆっくりと辺りを見回した。
今ここにいるのは香穂子と桐也だけだ。
「第一、やめてって言ったのに何でするの? どうして・・・・・・」
「したいからに決まってるだろ」
「は?」
きょとん、と大きな薄い茶色の瞳が赤紫の瞳を見つめる。
「じゃあ俺からも言うけどさ、香穂子は隙が多いんだって」
「へ?」
「あんた、無防備すぎ」
「はぁ?」
訳がわからない、と香穂子の眉間は更に皺を寄せて衛藤を見つめた。
少しだけ不貞腐れたような表情がそこにはあって、香穂子は目を瞠る。
「桐也・・・?」
香穂子と話をしていた香穂子のクラスメイトの男子達。
自分の知っている内容ではない、少しだけ感じた疎外感。
ただ笑って話をしているだけだとわかっていても、小さな炎は消えることなく桐也の中でくすぶり続ける。
―――気づけば行動に出ていた。
「香穂子だって悪いんだぞ」
「えぇ?」
「あんたがそんな顔するから」
笑って他の奴なんて見て。
自分に気づかない香穂子のその視線の先が気になって仕方なくて。
こういう時に思い知る、『歳の差』
「だから、」
キス、したくなるんだ。
香穂子の柔らかな唇を桐也が奪う。
思考回路が止まった香穂子はただただ両目を見開いて桐也を見つめていた。
「・・・・・・あんたとのキスは挨拶なんかじゃない」
「桐、也・・・・・・」
「俺だって特別なんだ」
だから、他の奴なんて見るなよ。
言いかけた言葉を桐也は飲み込んでもう一度香穂子を見つめるとふわりと柔らかに微笑む。
「〜〜〜〜っ!」
そんな顔をされたら言い返す言葉なんてなくて、香穂子は唇を引き結ぶと泣き笑いにも似た表情を浮かべた。
こうなったらもう香穂子も何も言い返せない。
「次やったら知らないから」
「はいはい」
「・・・・・・バカ」
小さな声で呟くと香穂子もまた笑って桐也を見つめ返した。
二人の不器用な恋は少しずつ歩き始める。
距離が少しずつ縮まっていることに気づくのはもう少し先のこと。
終