言葉とは正反対の気持ちを抱えてる。
これってあまのじゃくなんだってわかってるけれど。
「なーに、そんなとこで呆けてるの?」
呆れにも似た声に思わず視線をゆっくり声のする方へと向けると、顔が間近に迫っていた。
「・・・・・・・・・っ!」
驚きのあまり、身体を起こして音楽教師である金澤はベンチから体勢を崩す。
「あ、こけた」
「『あ、こけた』じゃない!お前驚くだろうが!」
「そんなに驚くことないじゃない。失礼だなー、金やん」
「失礼はお前だろ、天羽」
口を尖らせてぶつぶつと金澤は言葉を口にした。
いつになっても天羽の登場の仕方は慣れない、と金澤は思う。
「・・・・・・お前ってホントいつも神出鬼没だよなぁ」
「何それ。褒めてるの、けなしてるの」
「お前の判断に任せる」
「あっそう」
金澤は胸ポケットに入れていたタバコを取り出し、ライターに火をつけた。
カチっと音が鳴り、じわ、と火がタバコにつく。
タバコを口に加えて煙をふかした。
「あともう少しでこういうやりとりもないわけよね」
ぽつりと呟いた天羽に金澤は「ああ、そうだな」と答える。
そう言えばあと一ヶ月もしないうちに天羽は卒業するのだな、と一人考えていた。
ある意味心臓の悪い生活からおさらばなわけで。
「私がいなくなって寂しい?」
「別に」
「うわ、何その冷たい言い方。仮にも教え子でしょ?」
「それはそれ、これはこれ」
「かわいくないなー金やん」
「俺がかわいくてどうするんだ」
「ホント、ああ言えばこう言うんだから」
「それはそっくりお前にも当てはまるだろうが」
ぽんぽんと会話のキャッチボールを繰り返す二人のテンポは程よいもので、
天羽は何だかんだ憎まれ口を言われつつもその場を離れようとはしなかった。
「あー・・・もうすぐで暖かい季節になるなぁ」
「眠くなるよ、授業中」
苦笑いをこぼして言う天羽に「確かにそうかもな」と金澤は頷いた。
自分も過去に経験している分、そう言うことは否定しない。
「しっかしお前も物好きだな。報道部の活動なくなったんだから、俺に構うこともないのに」
「そう?面白いよ、金やんって」
「人のこと面白いって評価はどうかと思うぞ」
「だって間違ってないじゃん」
「ホント、お前は口が減らないよなぁ。ある意味感心する」
「それは金やんも同じ」
ぴしゃりと言い放つ天羽にこれ以上は言うまい、と金澤はタバコを口に加えてふかした。
ぷか、と煙が空に溶け込む。
青い空を眺めながら金澤は小さく息を吐いた。
「ねぇ、金やん」
「ん?」
「そろそろ良いよね?」
「は?」
くす、と天羽が笑みをこぼした音が金澤の耳に届いたと思った時には既に遅く。
目の前が影で覆われた瞬間、天羽の顔が近づいた。
さらっと奪われた唇に何が起きたのか瞬きを何度も繰り返して金澤は頭の中を真っ白にする。
何が起きたのか全くわからなかった。
「もう卒業なんだし、私の気持ち知ってるしょ」
唇が離れ、天羽は楽しそうに微笑む。
ぱくぱくと口を開いて金澤は天羽を見遣った。
「や、それはそうだがってそう言う問題じゃなくて、お前ここ学校だろ」
「誰も見てないよ。だってここ校舎からじゃ死角だもん。だからここでサボってるんでしょ」
「そうだがってそう言うものじゃなくて、あー・・・もう、お前は」
頭をがしがしと掻いて金澤は一人頭を抱えた。やっかいだと思う反面どこかで喜んでいる自分に気づく。
言わないつもりでいた、言うつもりもなかった。
見てみぬふりしていたはずの気持ちが揺れ動く。
「・・・・・・私は金やんのことが好きだよ」
天羽の真剣な眼差しが
「天羽・・・・・・」
「気持ちは聞かない。今は学校だから。でも、学校から出たら教えてよね」
じゃあね、そう言って天羽は金澤の元を離れた。
一人残された金澤は小さなため息を吐いて両足に両肘を置いて腕を組むと、じっと地面を見つめた。
何となくわかってる。
何となく知ってる、お互いの気持ち。
「全く、とんでもない奴に出会ったもんだよ・・・・・・」
ため息にも似た言葉を吐いて金澤は肩を竦めた。
これじゃあもう逃げ場などどこにもない。
覚悟、決めるか。
素直じゃない二人の恋は少しずつ歩き出す。
金澤は一人腕を伸ばして背筋も伸ばすと重い腰を上げて瞳を閉じた。
二人の距離は確実に短くなってゆくのを感じながらベンチを後にした、それは春の始まり。
あたたかな風が吹き始めた日のこと。
終