そう、これは切なくてあまい、そんな恋に似ている―――。
きゅっと苦しめるのは何だったのだろうか。
昔味わった苦い思い出が再び蘇るなんて思っていなかったのは、迂闊だったと今であれば冷静に考えられる。
でも、あの時はそんな余裕さえなくて、耳に聴こえてくる音が切なくて。
君の音に惹かれたのに、その溢れた音が、響く音色が何よりも好きだと思うのに。
どうして、苦しいんだろう。
「加地くん?」
香穂子はきょとんとした瞳を加地へ向けて顔を覗きこんだ。
覗き込まれた加地は驚いて一歩だけ足を後ろへと戻す。
あまりに近すぎた距離は考えていたことさえ勢いよく飛ばしてくれるぐらいの威力を持っていた。
「な、なぁに日野さん」
自覚ないその表情。大きな瞳は加地へと向けられ、それが加地の心を落ち着かなくさせる。
「何か元気ないなって思って。どうかしたの?」
「いや、別に・・・何でもないんだ」
「そう?アンサンブル、大変だけど頑張ろうね」
香穂子は笑顔で加地へと言葉を紡ぎ、加地はそうだね、と頷く。
春に行われた学内コンクールのメンバー達で編成されたアンサンブル。
そのアンサンブルの中のメンバーになぜか自分がヴィオラ担当でいることが不思議でならない。
皆のレベル、そして自分のレベル。
明らかな差だった。
それが加地の心に影を落とす。
笑って、誤魔化して、気づかないふりをして。
心の奥ではひどく苦しくて、そんな自分に辟易する。
嫌なら嫌でやめてしまえばいいけれど、でも切実に願っている自分がいることにも加地は気づいていた。
音を切望する自分自身に。
「ねぇ、日野さん」
「ん?」
「僕、君の音色が好きだよ」
もちろんその奏でる音色も、そして君自身も。
だから、気づかないで。
その想いに触れることないようにと必死で蓋を閉じる。
想うことで満たされる想いと、満たされない想いと、今の自分自身の中に占めるの気持ちの許容量は半分半分という形で存在していることに加地は気づいていた。
優しい香穂子の横顔、触れたいと願いながらも願えないのは自分のプライドがそうさせるから。
「加地くん?」
怪訝そうな香穂子の顔を見つめて、加地は微笑む。
甘くて、でも切なくて、苦しいこの想いの答えはきっとまだ口にすることはできない。
1話終了
*ひとこと:
何で加地×日野なのか。これはですね、加地連鎖があまりに昔の自分に似ていたためです。(笑)
火原同様、追えば逃げるタイプなので書きやすいといえば書きやすいのですが(爆笑)そんなわけで、恐らく3話ぐらいの中編小説になるかと思います。楽しんで頂ければ嬉しいです。
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