■恋の予感(王日)
何気ない一言でも、いつでも優しく包み込んでくれる。
落ち込んだ時も自分で立ち上がる勇気をくれる。
何よりもその笑顔がいいなって思っていた。
「うん、いい音だね」
「本当ですか?」
「うん、最初の頃に比べたら比べ物にならないくらいいい音が出てるよ」
王崎先輩の頷きにほっと肩を撫で下ろした。
いつだって困ってる時にはアドバイスをくれる、頼もしい人。
だからいつもつい頼ってしまうのだけど。
「日野さんの音は伸びやかで、聴いているほうもすごく清々しくなるよ」
「あ、ありがとうございます」
優しい声音で自分を包み込んでくれる。
その声一つで変われるような気がした。
「俺も見習わなくちゃね」
「ええっ!? そんなこと・・・・・・」
「ううん。日野さんの真っ直ぐな音すごく好きだなって思うよ」
一つ一つの言葉にドキドキして。
ドキドキが止まらなくて。
聴こえちゃうんじゃないかって思うくらいすごくて。
私は、王崎先輩のことが。
とくんと鳴る鼓動が想いの答えを指し示す。
静かに密やかに、刻む想いは一つの予感。
恋という名の答えがここにはあった。
了
■空元気(火日)
君が元気ないと困るし、哀しいから。
いつも笑って欲しいと思うから。
だから、おれをみて? 笑って?
どうしてもその笑顔が偽者のようにしか見えなくて声をかける。
「香穂子ちゃん、大丈夫?」
「え?」
「だって、その笑顔がすっごく偽物のようにしか見えない」
「火原、先輩・・・・・・」
「おれ、香穂子ちゃんのためならなんだってするよ? 何でも言って?」
「そんなこと、ないですよ・・・・・・」
「嘘だよ。香穂子ちゃん」
逃げるように顔を逸らした香穂子の手をぐいっと引き寄せて抱き寄せる。
ぎゅっと華奢な香穂子の身体を抱きしめた。
「おれには言えない? おれじゃ力になれない?」
「火原、先輩・・・・・・」
香穂子がぎゅっと服を掴んで、身体を震えさせる。
泣いているということに気づいた。
「今だけ・・・・・・今だけですから・・・・・・」
力いっぱい淋しくないように抱きしめた。
いつだって笑っていたはずの香穂子が泣いている。
その小さな身体を抱え込んで泣いていることに衝撃を受けた。
笑っている顔も、泣いている顔も全部。
好き。
何だということに気づいた。
いつも一緒にいたいって思っていた、色々としゃべりたいって思っていた。
その答えがはっきりとわかる。
大好きだから、笑っていて欲しいから。
だから、泣かないで。
了
■胸がいっぱいで(水日)
先輩のことを考えるだけで、なぜか急に胸がいっぱいになる。
そう、その感情の理由は知っているのに、言葉に表せないでいた。
「あれ、志水くん」
ひょいと顔を出した先輩の顔を見つけて、とくんと胸が高鳴る。
あれ、と自分の想いに気づきながらもそれを無視した。
「一人でお弁当?」
「あ、はい・・・・・・」
たまに天気がいい外でと思って屋上へ来てみた。
「んじゃあ一緒に食べてもいい?」
「はい、どうぞ・・・」
「ありがと」
そうして弁当の包みを開いてお弁当箱の中身を口へと運び始めた。
楽しそうに食べながらおしゃべりをする先輩を見ているとなぜかドキドキと胸が鳴る。
あたたかいこの気持ちは、この気持ちの答えは。
胸がいっぱいになるこの想いは。
「先輩」
「うん?」
「好きです」
「へっ?」
「先輩の音が、好きです」
「あ・・・・・・あ、うん、ありがとう」
顔をくしゃくしゃにして笑って、照れる顔を見ているとまたどうしようもなく愛おしくなる。
そう、この想いは。
まだこの答えを言うのは早いような気がして、ドキドキと高鳴る胸をぎゅっと掴んだ。
あたたかいこの想いをくれる、胸がいっぱいになる想いが自分にはあって。
大好きです、先輩。
いつか時がきたら伝えよう、この想いを。
了
■惚れた弱み(月日)
少し顔色が悪いことに気づいて、思わず動かしていたその手を止めた。
音が止んだことで香穂子は怪訝そうな顔をする。
「蓮くん?」
その声音と自分の手が彼女の額に触れるのは同時だった。
少しだけ熱い額。つっとそのままその頬に触れる。
「や・・・・・・」
「やっぱり、君は」
「だって、ただでさえ普通科と音楽科で離れてるのに、大事な時間潰したくない」
子供のように駄々をこねて、自分の手を突っぱねてふいっと横を向いた。
そんな彼女の手首を掴んで、自分の方へと顔を向かせる。
「香穂子」
「・・・・・・・・・」
「わかった」
「へ?」
「今日は練習をやめてここで一緒にいよう」
「え?」
香穂子は声をあげて驚いて目を見開く。
意外と言えば意外だが、けれどそんなに驚くことも無いと思うと思いつつも、
そんな胸の奥の言葉は飲み込んでおく。
香穂子に出会ってから自分の行動に驚いてばかりだと思った。
それもまた香穂子に惚れた弱みと言うもの。
「無理なんてしないで欲しい。香穂子が倒れたら困る」
「ごめん・・・・・・」
そういうと香穂子の片方の手を握って膝を折って座り込む。
たまには練習もしないで休むのも悪くない、
そう思いながらもう一つの自分の姿を見つけて笑っていた。
了
■期待と不安(土日)
だってあなたは気づいていないだろうけれど。
とても人気があるから。
だから不安なの。
大好きなのに、一緒にいるのにどうしてこんなに不安になるんだろう。
「香穂」
「あ、梁太郎・・・・・・」
「何しかめっ面してるんだ?」
「え?」
梁太郎に指摘されてようやく自分が眉間に皺を寄せていたことに気づいた。
二人で一緒にいるときぐらいそんなこと考えたくなかったはずなのに。
「何か悩みごとか?」
「あ、ううん。何でもない」
くいっと髪の毛を耳にかけると、片方の手が梁太郎の腕に掴まれる。
「ったく、変な心配するなよ」
黙ってるはずだった。けれどその一言で判っていたことに気づき、泣きたくなる。
いつだってちゃんと見てくれている。
それが嬉しくて、余計な心配させてしまった自分に自己嫌悪した。
「わかってる・・・・・・」
「俺だって同じなんだからな」
ぴんと軽く額を弾かれ、少しだけそこが痛むけれど。
でも、悲しいような嬉しいような複雑な想いは自分の胸を熱くする。
だから、少しだけまた期待してしまう自分がいた。
「ありがと」
その一言に色々な想いを託して、そっと梁太郎の肩に身を預けた。
大好きだから嬉しいこともあるし、不安なこともある。
大好きだから伝えたい。
あなたがいるから不安も期待もたくさんしてしまうのだと。
了
■伝えたい思い(梓雅)
いつだってどこを見ているのかわからなくて。
血という名の誓約が自分を苦しめる。
大好きなのに、その想いを伝えてはいけないということを。
「お兄様は最近、心ここにあらずだわ」
「おやおや、姫はどうやらご機嫌斜めのようだね」
くすくすと笑って優しいその瞳で私を見つめる。
お願いだから、そんな目で私を見ないで。
「何がお気に召さないのかな?」
「そんなこと・・・・・・」
本当はわかってる。
私のわがままだってことも。学校で人気があることも。
だから私だけのものではないことも。
だけど、いつだって自分だけを見ていて欲しいって思ってしまうから。
「雅」
「ずるいわ、お兄様・・・・・・」
名前を言ってもらえるだけで嬉しいだなんて。
泣きたくなるほど嬉しいなんて。
私の想いもわかっててそうしてること。
大好きなのに。
それが言えなくてぎゅっと胸が締め付けられる。
大好きよ、お兄様。
だから、誰も好きにならないで。
了
■シンデレラストーリー(木日)
意にそぐわないことでも我慢してきた彼が初めて逆らったのは。
私との交際のことだった。
コンクールに出て、初めてヴァイオリンに触れて。
知らなかった感情を知って、泣いたことも苦しかったこともあった。
最初に彼の変化に戸惑ってどうすれば良いのかわからなかったけれど、
今だったらわかる。
言葉の裏に隠された本音。ちゃんと今だったらわかるから。
「香穂子、余所見してどうする」
「あ、ごめんなさい」
「全く、俺の貴重な時間を割いてやってるんだ。少し自覚してもらわなければ困るな」
やれやれと肩を竦めてちょっと呆れた顔をしているけれど。
でも、どこかでそれを楽しそうに見ているのが嬉しかった。
「何が可笑しい?」
「え?」
「顔に書いてる」
「あ・・・・・・」
ちょっとだけ気に食わなさそうな顔をして私を見て。
「ううん。嬉しいんです。だって柚木先輩が私との交際を反対された時、反論してくれたから」
「そんなことか」
「そんなことでも何でも、ちょっとしたことが嬉しいんです」
ふふっと笑うと一つため息をついて肩を竦めた。
彼の家は由緒正しい家柄。当然一般人の私との交際には反対されたけれど。
なんだかある意味シンデレラみたいかもと思う。
あることがきっかけで、その魔法にかけられてそうして手に入れた一つの想い。
「そろそろ時間だ。行くぞ」
「あ、はい」
彼の背中を追いかけて走り出す。
決して楽ではないけれど、でも好きだから乗り越えて行ける。
彼に手を差し伸べられて、その上に手を載せるとそっと手を取って歩き始めた。
私たちのストーリーは始まったばかり。
了■待ち合わせ5分前(土冬)
私が男の人と付き合うなんて言語道断もいいところだった。
だけど、止められない想いがあることを知ったのは彼に出会ったから。
ドキドキが止まらない。その緊張が心地よくもあったのだけど。
サッカー部の練習があるからと練習室で待ってて欲しいと、
そう言われたのは、昨日の放課後、帰り道でのこと。
私ははいと答えるとごめんなと謝っていた。
私が初めて自分の想いをしゃべることのできた相手。
特に異性で自分より身長の高い人は苦手で、怖かった。
けれど、そんなのは違うのだと知ったのはコンクールに彼が参加してから。
優しい音色でいて、情熱的な音を出す人、それが彼の第一印象。
最初普通科の先輩と仲が良いから付き合ってるのかと思っていたのに、
全然違って、むしろ親友なんだと笑っていっていたのを覚えている。
「もう、用意しなくちゃ」
時刻はもうすぐで6時を示そうとしていた。
練習室の鍵を確認して、クラリネットをケースに仕舞う。
ぱたんとドアを開けて閉めて、鍵をかけて。
あと5分もすれば約束の時間。
少しドキドキと高鳴る鼓動を抑えながら、その音に身を委ねる。
笑顔で彼に会いたいから、大好きな笑顔に会いたいから。
ドキドキと、そわそわと心が落ち着かない。
「まだかな」
深呼吸して、カバンを持って練習室の前で待って。
そんな時間がたまらなく好きで、彼が現れるのを待つ。
ぱたぱたと廊下の端から音が聞こえて、私は振り向く。
そう、それは。
「冬海っ」
「土浦先輩」
ほら、彼は時間通りに現れる。
自然と顔が綻んでる自分に気づいて、ちょっとくすぐったい気持ちになった。
私にとって、愛おしい時間。
あなたに会える5分前が私にとっての幸せの時間の始まりの合図。
了
■恋愛経験値(金天)
恋愛経験値、私は低い。本気の恋なんてしたことない。
けれど、今ここにあるのは本気の恋だってそう信じたかった。
好きな人は10歳も年上の人。
そんな彼と私の関係は教師と生徒だった。
最初はひどくめんどくさがりだなぁと思うも、その裏側に隠された過去や、
意外に優しくてお人好しな面を見てひどく驚いたのを覚えてる。
「ねー、金やん」
「んー?」
あだ名で呼んで、私は彼の腕に自分の腕を絡める。
するとぎょっとしたように視線が私へと向けられた。
「お前な、今ここどこだと」
「学校、音楽準備室」
「・・・・・・わかっててやってんのか?」
「ちょっとだけだってば、わかってるよ」
仕方ないなと言うような顔をして苦笑いを浮かべる。
どうせ子供だってそう思ってるんだろうけど、でもそれでも良かった。
背伸びをして大人の女を目指そうとしたら却って文句を言われた。
『今のままのお前でいいよ』
恋愛経験値なんて低いけど、けれどこれだけは負けない。
私はこの人が好きで、その想いは本物だから。
「ね、先帰ってるから。家の前で待ってる」
「あー、わかったわかった」
そう言って彼のポケットの中にある鍵を一つ貰う。
家の中で待ってろと言う合図。
今の関係である限り口に出していうことはできないけれど、
時間がたてばそれも可能だってことわかってるから。
「んじゃね」
「気をつけて帰れよ」
すっと腕から離れて、私は自分のカバンを持って踵を返す。
ナイショだけど、ドキドキするけれど。
あなたが大好きで、ずっと傍にいたい人。
守って欲しいけれど、私も守りたい人。
小さな幸せを噛みしめて私は歩き出す。
さってと女を磨きますか。
小さく呟いた言葉は誰の耳にも届かなかった。
了■幸せの法則(火日)
あなたが幸せなら、私も幸せ。
大好きなあなたとならどんなことだって乗り越えられる。
その笑った顔も、泣いた顔も、怒った顔も、喜んだ顔も。
ねぇ、だから。
私は幸せなの。
「私、幸せです」
「香穂ちゃん?」
「だって、こうやって手を繋げて、隣にいられる、それだけで嬉しい」
「うん・・・・・・おれも。おれも、嬉しい」
こつんと額と額をぶつけて、互いの顔を見遣る。そこには何の迷いもなかった。
離れてゆくこと、別々の場所でも私たちは生きていける。
けれど、やっぱり。
「こうやってると和樹先輩からパワー貰ってるみたい」
「おれこそ香穂ちゃんからたくさん色んなもの貰ってるよ?」
「そう?」
「うん、そう」
「卒業しても、おれは香穂ちゃんを迎えに行くし、傍にいたいって思う」
「和樹先輩・・・・・・」
目頭が熱くなって、ぐっとこみ上げる感情をこらえる。
それがわかったのかくっつけていた額を離すとぎゅっと抱きしめられた。
「ずっとずっとこの先も一緒にいたい・・・・・・ダメかな?」
はっとしてその言葉の意味に気づいて顔を上げると、少し頬に朱を走らせた和樹先輩の顔。
どうしようもなく緊張してるのがわかって、それが触れ合う肌で感じ取れた。
くすっと笑うと言葉の代わりに唇にキスを落とす。
「私もそう思ってたの」
触れる肌と高鳴る鼓動と、心地よい声音。
身体が熱くなる、どうしようもないくらいあなたのことしか見えない。
あなたの笑顔がそこにあって。
未来への約束を胸に抱いて。
私はそれだけで幸せ。
了