本当は余裕なんてないのに、余裕あるふりをして隠しているだけ。
そんなみっともないところなんて見せられないだろう?
「あ、あの・・・困ります。私、待ち合わせをしている人がいるので」
それは榊が約束の時間の数分前に待ち合わせ場所で彼女を見つけた時のことだった。
あれ、誰だろうと榊は首を傾げる。
「いいじゃん?どうせその人来ないって。俺と一緒に遊ぼうよ」
「困りますっ。私は大地先輩と・・・・・・!」
「大地先輩? 何、それ待ってる人の名前? そんな男なんてやめて俺と遊ぼうって言ってるじゃん。そいつなんて来ないって」
「生憎、俺は来たけど?」
ナンパに絡まれている彼女――かなでを見つけて榊は慌てて駆け寄ると、ほっとしたようにかなでの表情に笑顔が戻った。
男の表情に陰りが見え始める。何だよ、本当に来たのかよと顔に書いてあるのを見て、榊は軽く見下ろした。
「大地先輩!」
「何だ、来たのかよ。つまんねぇ」
一言言い捨てるとその男は踵を返して歩き出す。榊は思わずかなでに駆け寄って「ごめん」と謝った。
「一人にさせたばかりにひなちゃんに怖い目にあわせたね。ごめん」
「いいえ。何だか早く大地先輩に会いたくて早く来た私が悪いんです」
えへへとかなでは小さく笑って榊を見上げると、榊はまいったな、と呟きながらかなでを抱きしめた。
そんな可愛いことを言われるとどうしようもなく抱きしめたまま離せなさそうで。
「ひなちゃん。お願いだからそう言う言葉は俺の前だけにしてくれるかな?いつ誰がひなちゃんのこと狙うかわからないだろう?」
「大丈夫ですよ。そんなことありませんって」
「でも現に今狙われただろう?言葉にしなくてもひなちゃんはかわいいんだから、俺は心配で仕方ないよ」
どうやら榊が心配していることをかなでは重く受け止めていないらしい。榊は小さなため息を吐いてかなでを見つめると、かなでは小首を傾げて榊を見つめていた。
「君は思っているよりもたくさんの人の注目を集めやすいんだ。今から大学行った時のことを考えると頭が痛いなぁ」
はぁ、と一つため息を吐きながら言葉を口にする榊にかなでは「それを言うなら大地先輩もです」と抱きしめられたまま答える。
少しくぐもった声が返って来て榊は、おや、と思った。
「そう言う大地先輩だって色んな女性に声掛けられるじゃないですか。その度に私冷や冷やしてるからおあいこです」
ぷぅ、と頬を膨らませているのだろうことは予想できる榊は一瞬きょとん、とかなでを見下ろした。少し緩くなった腕にかなでは顔を上げて見つめた。
「ひなちゃん、そんなこと思ってたの?」
「思います。だって大地先輩女性に人気なんだもん。嫌でもそんな話入ってくるし」
まさかかなでがやきもち焼いているとは思わなかった榊は驚くと同時に自分の頬が緩んでいることに気づいた。
それはそれで嬉しいなんて言ったらきっと今以上に不機嫌になるに違いない。榊は唾をごくりと飲み込んできゅっと唇を引き締めると、再び唇を開いた。
「俺も同じようなものなんだけど、って言ったら信じてくれる?」
「え?」
「君のことかわいいなって言ってる奴は意外と多いんだよ。その度に冷や冷やしてる」
「大地先輩が?」
きょとんと大きな瞳が榊を捉え、やっぱり自覚はないらしいことを悟った榊は小さなため息を吐いた。
「ああ。だからおあいこと言えばおあいこかな。でも、こんな風に心配するくらいなら寮に迎えに行けば良かったかな」
独り言のように榊が呟くと「大丈夫ですよ」とかなでは笑った。多分どう言ってもかなでは大丈夫の一言で避けてしまう。
だが、意外に榊の周りには余計な虫が多いといえば多くて。
「本当はこのままひなちゃんを掻っ攫いたいくらいだけどね」
「え?」
「まぁ、それは俺の我が侭だし、ひなちゃんを縛りたくはないし」
「私が好きなのは大地先輩ですよ?だから大丈夫」
自信に満ち溢れた顔をしてかなでは言う。大地は正直な話、面食らった。
そんな堂々と言われてしまうと、逆に自分が情けないようで。
「・・・・・・そうだね、俺もひなちゃんが好きだよ。ずっと傍にいたいくらいに」
ふっと表情を和らげて嬉しそうに微笑むかなでを見つめながら榊は片方の手でかなでの頭を撫でる。
いつの間にこんなにたくましい人になったんだろうか、榊はそんなことを思いながらかなでを見つめると「ねぇ、大地先輩」と声を口にする。
「私ね、行きたいところがあるんだけどいいですか?」
「うん?どこかな?」
抱きしめていた腕が緩んで二人の間に少しの距離が開く。かなでは行きたい場所を唇で綴ると榊は微笑んだ。いつの間にか頼もしくなったかなでを見つめながら、強くなったなと榊は思う。そして思うことは一つ。
―――どんな形でも、やっぱり彼女が好き、それを自覚せずにはいられなかった。
終