その日の火積司郎は少しだけ違っていたような気がするのは、きっと気のせいなんかじゃないとかなでは思う。傍で見ていて、熱い何かを感じているんだろう、そう思いながらかなでは火積を見上げていた。
「今日は買い物に付き合ってくれてありがとう」
「・・・いや、別に構わねぇ」
「でも、荷物重くない?」
「あんたほど、やわじゃねぇからな」
火積が苦笑いを浮かべると、かなでは笑って返した。
練習した後、買い物に付き合って欲しいと言うかなでの願いに応えるべく火積は荷物持ちになっていた。買いたい食材があるとか、夕食の材料も買っていないとかそんな感じで持っているもののほとんどは食料だ。
この菩提樹寮も人が増えたため、すぐに食材がなくなってしまう。
かなでが買いに行くには荷物が多かったのだ。
「それに・・・美味い飯食わせて貰ってるんだ。これぐらいは当たり前だろ」
「ホント?美味しい?」
「ああ。あんたの作る飯は美味い。この間出てたおひたしも良かった」
「うわー。すごく嬉しいなぁ。 褒められるのって慣れてないから照れるけど、嬉しい」
嬉しそうに声を弾ませるかなでに火積は「本当のことだからよ」と言葉を付け加えると、満面の笑みが返って来た。
その微笑みが火積の心を揺り動かす。少しばかり頬に熱が集まったものの、その熱は夕焼けに隠れてわからなかった。ある意味今が夕方で助かったと内心ほっとしながら菩提樹寮のドアを開けた。重い荷物を持ちながら二人はそのまま足を進める。
共有スペースのドアの隙間から漏れ聞こえる声に気づいて、思わず二人は顔を見合わせるとそっと近づいた。
「あと二日で大会か・・・・・・随分と早いものだな」
あ、律くんとかなでは小さな声を漏らす。
どうやら律がいるらしい。
「そうだな。如月、絶対天音には勝てよ」
「もちろんだ。負けるつもりはない」
「いい返事だ。なぁ、ユキ」
「うん。でも最近のアンサンブルの音、悪くないって思うから楽しみだなって思う」
「まぁ、確かにな。頑張ってるもんな」
「ああ。毎日呆れるくらい練習してることもあるが、やはりこのメンバーでやるのが最後だと思うと頑張れるんだと思う」
律の言葉にかなではごくりと息を呑んだ。
わかっていたことだった。律はこの大会を最後に引退をすることぐらい。
でも、律の音が消えることはないとわかっていても淋しいと思うものは淋しい。
そんなかなでの気持ちがわかるのだろう、火積はゆっくり両手に持っていた食材を床に置くと、かなでの頭をそっと撫でた。
一瞬びっくりしたものの、かなではその手に気持ちを委ねる。
「なぁ、如月もユキも次の部長決めてるのか?」
唐突に東金が口にした言葉にかなでも火積も息を飲み込んだ。
火積は先日八木沢に部長になってほしいと言われたばかりだったから。
「ああ、もちろんだ」
「そうだね。決めているよ」
律も八木沢も東金の声にしっかりと頷いた。
自分達の後を頼める人物はもうその胸の中で決まっている。八木沢はそのことをこの前本人に伝えたばかりだった。あの時の火積を思い出して小さく笑う。
困っていた火積。でも、火積がやればまた違う至誠館の音が生まれる。
自分とは違うものを持っているからこそ、そして信念が強いタイプだからこそ、次の部長にふさわしいと思っていた。
「心配じゃないと言えば嘘になる。でも・・・託したいんだ。今まで自分達が描いた夢を」
「ああ、そうだな。その気持ちはわかる」
「それにね、期待するんだよ。自分とは違うからまた新しいものを生み出すんじゃないかって」
「ユキ・・・・・・」
「それを見てみたい、そんな期待があるんだ」
「ああ、そうだな。・・・八木沢のところは火積か?」
「うん」
東金は八木沢が考えていたことがわかったのだろう、名前を挙げて頷く。
そうか、と同じように頷いたのは律だった。
そのドアの向こうでこの会話を聞いていたのが火積とかなでで、二人ともその声に動けずにいる。
八木沢が託した気持ちがかなでには痛いほどわかる。
不器用で、でも優しい火積。言葉遣いが悪いものの、本当のところではしっかりと前を見据えている。時に容赦の無いところもあるかもしれない。でも真っ直ぐ前を向く火積の音はどこまでも澄んでいることはかなでが一番知っていた。
「僕と同じようでなくていい。火積には火積のやり方があるんだから、それをやって欲しい。火積が創り上げる音を僕は聞きたいって思うよ」
穏やかで優しい八木沢の声。
その声の奥にある芯の強さを火積は知っている。
この人は何を考えてるんだ、そう思って部長なんてと思っていた火積は改めてこの声に心を揺さぶられていた。熱い想いが火積の胸を焦がす。かなでは空いている片方の手で火積の手をそっと取ると、ぎゅっと握り締める。
大丈夫だよ、そう伝えるように。
「火積なら大丈夫だろう。真っ直ぐとした素直な音だからな」
「それは同意見だ。意外と周りの空気を読むのが早い」
損しているところはあるが、と東金が付け加えると八木沢は苦笑する。
外見で誤解されやすい分、根が優しくていい奴だと言う人は多い。火積自身が知らないだけで、陰ながらに見守っている人の数はそれなりにいる。
最近傍にいる少女もきっとそうなのだろうことは八木沢にもわかっていた。
「だから楽しみだよ。今から来年のことを考えると」
どんな色を描いてゆくのか。
どんな音を奏でてゆくのか。
かなではそっと火積を見上げると、火積もまたかなでへと視線を移す。
交差する視線にお互いの想う気持ちを読むと火積はかなでの手を握り返した。
かなではふわりと笑う。
火積がやりたいと思うことをやって欲しいし、火積の創る音を聞きたいと思う。
火積が迷うのはわかる。でも逃げないで欲しかった。
八木沢の想いを一番にわかっているのはきっと火積だから。
みんな物好きだなと火積は小さくため息を吐く。
何で自分なんだろうと思う。でも自分に託す想いは痛いほど伝わってきた。
そうであるならそれに応える必要があるのも火積は知っている。
至誠館を絶対全国大会の舞台へと連れてゆく。
それが一番の目標であり、悲願でもあるから。
託された想いを胸に刻み、火積はかなでへ視線を向けると小さく笑って返した。
それが火積の答え。
瞳の奥に小さな炎を宿して仄かに燃える。
想いに応えたい。想いを伝えたい。
それが一番に伝えたい音の源だから。
終