ほっとけなかった、それだけのはずだったのに、気づけば好きになってた人。
それが、僕にとっての小日向かなで、と言う彼女の存在。
よくこけるし、ドジもするし、自分よりも年上のくせに目が離せなくて、その度に自分が怒っていたような気がする。
文句ばかり言っていたのに、かなではいつも笑っていた。ごめんね、と謝りながら。
「あ、ハルくーん。こっちこっち」
秋になったばかりの学校でかなでは弁当箱を持って水嶋悠人を呼び、ハル――悠人がその声に気づく。
かなでを見つけて思わずほっと息を吐いた。
「小日向先輩、随分と探しましたよ」
「ごめんね。いつもの場所、今日人がいたからこっちに変更しちゃった」
「だったらいいです。すいません、こちらこそ先に場所取りしておけば良かったのに」
「ううん。大丈夫。食べる場所がないわけじゃないしね」
「それもそうですね」
悠人も素直に頷くと、かなではうんと頷いた。手に持っていた弁当箱を悠人に手渡す。
「ありがとうございます、先輩」
「私、これくらいしかできないから」
苦笑いを浮かべながらかなでが言うと、悠人は「何言ってるんですか」とかなでを嗜めた。
かなでのいいところはほかにもあると悠人は知っている。料理の腕はもちろんだが、人を和やかにしてしまう不思議な力があることや、優しいところと挙げればまだ出てくることもわかっていた。
だが、欠点も当然ある。のんびり気質であるために時折こっちが焦ってしまったり、ドジであるが故に怪我もしやすかったりと不安材料はそれなりに持っている。
それでもその欠点もひっくるめて小日向かなでと言う存在が悠人にとって大切に思うのは、やはりかなでに恋をしているからなんだろうかと一人思いあぐねていた。
「小日向先輩のいいところはたくさんあります。何ならここで全部挙げていきましょうか?」
「い、いや、いいよ、ハルくん。それすっごく恥ずかしいと思う」
少し頬を赤らめて言葉を返すかなでに悠人は小さく笑った。こういうところもすごくかわいいと思う。
弁当箱を開けて悠人は「いただきます」と一言告げると箸を手に取り食べ始める。今日は和風で揃えたらしい。
悠人が和食が好みだと言って以来、和食の弁当が多いなと思う。かなでなりの気遣いなのだろうか、それとも単にかなでが和食が好きなのだろうか。
「あの、小日向先輩って和食と洋食と中華だったらどれが好きなんですか?」
「私?特にないよ。その時々で違うから」
「あ、そうですか」
「どうかした?何か口に合わないものでもあった?」
心配そうに悠人の顔を覗き込むかなでにいいえ、と苦笑いを浮かべる。そうではなくて、と悠人は説明し始めた。
「そう言えば和食の弁当が多いなって思って。小日向先輩の好みなのかなってそう思ったんです」
「うーん。それは多分、ハルくんが和食好きだって言ったから・・・かな?」
「僕、ですか?」
「うん。あ、あと脂肪分も少ないから私にとってもいいかなーなんて。・・・・・・太りたくないし」
ぽつりとこぼした言葉はかなでの本音なのだろう。そんなこと気にしなくてもいいのに、と思ったがかなではかなでなりに少し悩んでいるらしいことは夏にプールへ行った時に言っていたことだった。
乙女心なの、ときっぱり言っていたが、やはりまだ気にしているのだろう。だからそれが弁当に反映されているということか、と悠人は一人納得していた。
「太っていませんよ、小日向先輩は。でも、小日向先輩が無理して和食を選んでいるわけじゃないならいいです。少し安心しました」
悠人は素直な感想を口にする。その言葉に首を傾げたのはかなでの方だった。
「そんなこと考えてたの、ハルくん」
「ええ。和食が多いからどうしたのかなって思ってました。でも謎が解決されたので問題ありません」
「そっか。だったら良かった」
にこ、と笑うかなでに悠人は思わず見惚れた。さり気なく笑うかなでの表情はある意味破壊力抜群で。
「・・・・・・小日向先輩、そんな顔他の人にはしないで下さい」
「え?」
「他の人に掻っ攫われるのはごめんですから」
少し唇を尖らせながら悠人は言う。そんなことないのに、とかなでは思いながらも「大丈夫」と笑った。
「掻っ攫われないよー。ハルくん以外には」
さらりと言ってのけたかなでに驚いたのは悠人の方。きっぱりと口にした言葉に悠人の心臓がとくん、と揺れ動く。
かなでのヴァイオリンの音にも惹かれたが、何よりもかなでがかなでであるから悠人は惹かれたのだと気づく。
ああ、もう、この人は。
だから、好きにならずにはいられなかったのだ。
小日向かなでと言う女性を。
「・・・・・・是非それでお願いします」
「はい」
満面の笑みを浮かべて答えるかなでに、やはり心配だと思いながらも悠人は笑い返した。
夏服から冬服へそろそろ変わり始めようとしている季節。
穏やかな風が頬を撫でる、そんな中で二人で弁当を食べていた時の二人の会話。
終