何気ないことだった。たった一つのきっかけで気づいてしまったものがあった。
――――それは、恋心。
「えっと、これはこっちかな」
「ああ、そうです。小日向先輩、これはそちらでしょう」
「あ、ほんとだ。じゃあもらうね」
お昼下がりの部室。正確に言えば夏休み中の学校で、小日向かなでと水嶋悠人は二人で部室の掃除をしていた。
全国学生音楽コンクールの優勝と言う文字を引っさげてこのオーケストラ部に優勝のトロフィーが飾られた。
それまでは良かったが、その後で気づいてしまったのはこの部室の、正確に言えば楽譜の散乱状態だった。
練習している時はそんなことに構っている余裕はなかったものの、余裕が出てきた今、二人は顔を見合わせると掃除をし始めたのだった。
まずは分類、続いて作曲家別、できれば編成別にしていく。
大量の楽譜の山を見てはため息をついたものの、弱音を吐くことなく二人は黙々と作業をしていた。
「この楽譜はハルくんの方だよ。はい」
「あ、はい。そうですね。ありがとうございます、小日向先輩」
「ううん。いいよー」
かなでが持っている楽譜を悠人が受け取ろうとしていた時だった。
お互い集中力が散漫していたのだろう、楽譜を受け取ろうとしたはずの手が違うものに触れていることに悠人は気づく。
掴んでいたのはかなでの指先。
「あ・・・・・・」
「あ、す、すいません!小日向先輩!」
慌てて掴んでいた指先を離し、勢いよく悠人は頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
驚いたかなではぽかん、と口を開けて悠人を見つめる。
「あ、えっと、ううん、大丈夫。大丈夫だよ、ハルくん」
「で、でも・・・僕は何てことをしているんでしょう。痛くなかったですか」
「うん。大丈夫。ほら、見て。大丈夫でしょ?」
かなではぷらぷらと指を揺らして悠人に見せると、「そんなことしてると痛めますよ」と窘められた。
かなでよりも年下なのに年下に見えないのは自分のせいなんだろうか、と内心眉間に皺を寄せながらかなでは思う。
ぷらぷらと揺らしていた指を止め、かなではじっと自分の指先を見つめる。
心なしか少しだけ熱が残っているような、そうじゃないような。
その場所は悠人が触れていた箇所。
そんなわけないよ、と自分が一瞬だけ考えたものを一蹴しようとしたものの、その想いは消えない。
むしろ意識する分だけ強くなってゆく。
「小日向先輩?」
様子のおかしいかなでを心配するように悠人が顔を覗くと、近くなった顔にかなでの頬が一気に熱を上げる。
意識した想いが熱となって集まってくるようで。
「う、ううん。な、何でもない!」
「?」
不思議そうに首を傾げながら悠人はかなでを見つめる。
必死に笑って誤魔化すかなではどうにかこの場をやり過ごすことに必死になっていた。
熱が伝える想い。
気づいてしまった心の音。
―――それはきっと恋の予感。
終