たまたま見つけた絵葉書。きれいだな、と思って手にしたものは横浜を映した写真を使ったものだった。
その絵葉書を見てあることを思いつく。かなでは絵葉書を手に取るとレジへと駆けて行った。
秋の色が濃くなる仙台。日に日に寒さが肌に染みるようになり、八木沢は思わずため息を吐いた。
受験生と言う肩書きを持っている以上、忙しいことはわかっていたことだが、それにしても進学校であるが故の忙しさはさすがの八木沢の身体にも負担をかける。
こんな時は彼女から届いたメールを見ていると少し心が温かくなるなと思いながらケータイの受信フォルダを開いて眺めていた。
一通り読み終えると八木沢は歩く速度を速めた。ゆっくりしている場合でもないな、と思いながら家路を歩き、そして自宅を見つけるとその足は更に早くなる。
鍵を取り出して開けると、ふわりと温かな風が八木沢の頬を撫でた。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい。お兄ちゃん、手紙来てたよ」
妹が丁度良いタイミングで玄関に姿を現し、「ありがとう」と八木沢は答える。手紙、と言われて該当する人を考えるも思い浮かばず首を傾げながら自分の部屋へと向かった。
自室に足を踏み入れると、妹が言うように一枚の葉書が机の上に載っていることに気づいた八木沢は宛名を確認する。
するとその名前を見つけて「あ」と思わず声が漏れた。
「・・・・・・小日向、さん?」
それは横浜を映している写真。緑と青空が綺麗な一枚。しかもこの映っている場所はかなでと一緒に歩いた場所でもある。
短いながらもかなでからのメッセージがあり、文面へと目を向けた。
『この写真見て真っ先に思い出したのは八木沢さんでした。また一緒に歩けたら良いですね。
受験大変だと思いますけど、頑張って下さい。 小日向 かなで』
思わず自分の頬が緩んでいることに気づいた八木沢は軽く頬を抓った。何て顔してるんだろうと思うけれど、それは仕方がないことで。
「小日向さんも同じことを考えたんですね」
ぽつりとこぼした声の答えはブルブルと震え始めたケータイが握っている。ケータイの画面に表示されたのは『小日向かなで』の六文字だった。
通話ボタンを押して八木沢は受話器を耳にあてた。
「こんにちは。小日向さん」
『こんにちは・・・ってそうじゃなくて、八木沢さん、これっ』
「落ち着いてください、小日向さん。今僕も驚いていたんですから」
くすくすと笑いながら八木沢はかなでから届いた絵葉書を手に取りながらベッドのサイドに座った。首に巻いていたマフラーを外しながら言葉を口にする。
「どうやら僕達は同じことを考えていたようですね」
『みたいです。私、ホントびっくりしたんですから!同じタイミングで同じことしてただなんて』
かなでは少し興奮気味に話をする。それは数日前、かなでが自分へ絵葉書を宛てたように、八木沢自身もかなでへと絵葉書を宛てていた。
仙台の景色が映っている写真を基にした絵葉書。少しでも自分がいる土地を知って欲しいと思うところから選んだもの。
夏の横浜は知っている。かなでは夏の仙台を知らない。だから夏の仙台が描かれた写真の絵葉書を使ってかなでへと送っていた。
綴っていた言葉はごく簡単で短い言葉。
『私すっごく嬉しくて。メッセージ、ありがとうございました』
「いえ。僕も嬉しかったです。あなたがあの場所を覚えていてくれて」
『もちろんです。だって八木沢さんと一緒に歩いたところですよ。忘れることなんてないもの』
力いっぱいに答えるかなでに、どんな様子でしゃべっているか容易に想像できた自分がいて思わず苦笑いする。
言葉を重ねれば重ねるほどかなでが愛しく感じる自分がいることに八木沢は気づいていた。
この距離がもどかしいと思うくらいに、かなでに会いたいと願う。でもそれは今叶わない願い。
「小日向さん」
『はい』
「今、すごくあなたに会いたいって思います。でもそれは今叶わない。受験が終わったら・・・会いましょう」
『・・・・・・はい。私、八木沢さんに会えるの楽しみです。それまで我慢します。でも我慢できなくなったら電話、していいですか?』
かなでの申し出に八木沢は頷いた。声が聞きたいと思うのは自分もまた同じなのだから。
「はい。僕も電話します。あなたの声を聴いていると落ち着くんです。頑張ろうって勇気を貰ってる、そんな感じがします」
『受験頑張って下さいね。・・・・・・早く春がくるといいなぁ』
「そうですね。春になったら、あなたに会える」
『こんなに春を待ち遠しく思うのは初めてです』
笑うかなでに八木沢も同じことを思っていた。考えることは同じらしい。
「僕も同じことを考えていました。・・・・・・面白いですね、考えることがさっきから被ってしまうなんて」
『それぐらい私と八木沢さんの相性が良いってことで思っても良いですか?』
かなでの発言に思わず八木沢は言葉に詰まる。おいしいところをかなでに一本取られた、そんな気分でかなでにはやはり敵わないと思う。
「ええ、もちろんです。・・・・・・ありがとう、小日向さん」
『いいえ。あ、そろそろ夕食みたいです。じゃあ、電話切りますね』
「はい。それでは、また」
プツリ、と切れた通話。ツーツーと通話の切れた音が八木沢の耳に届くと、静かに受話器を耳から離してケータイを切る。
自分の手にある絵葉書を見つめながら数日前の自分を思い出していた。かなでに伝えたい言葉、それは。
『早くあなたに会いたい、そう思います。』
春を待ち遠しく思いながら八木沢は小さなため息を吐いた。
秋の終わり、もうすぐで冬がやってくるそんな日の夕方のこと。
終