「あれ?かなで?」
菩提樹寮のホール、その一角にあるソファで横になっている幼馴染の姿を見つけて思わず響也は名前を口にした。
すやすやと寝ている幼馴染の少女――小日向かなでは響也に気づく様子はない。思わず響也の唇から笑みがこぼれ落ちた。
「ったく、頑張りすぎなんだよ、かなでは」
「・・・それは俺も同感だ」
「火積」
「気持ち良さそうに寝てるから起こすのはわりぃと思ってな」
「それで、タオルケット」
「俺ので悪いんだが」
「いいって。サンキュー」
「じゃあ、これはお前に・・・」
「火積がかけてやれよ。その方がいいって」
「・・・そうか?」
「ああ」
頷く響也の言葉に後押しされたように火積はかなでにタオルケットを掛けた。かなでの顔に少しばかり疲れの色が見える。
それを見つけて火積は一人黙っていた。
「・・・・・・前に『フィレンツェの思い出』のアドバイス、火積がしたろ?」
「あ、ああ・・・それがどうしたんだ?」
「かなで、かなり迷ってたみたいなんだよな、表現について。その時に言われて考えて今の形になったんだ。あの時、かなではその表現にするために試行錯誤してた。
でも、火積が後押ししてくれたおかげで今頑張れるんだ、かなでは」
「如月・・・・・・」
「確かに疲れてるが、多少の無理はしないとファイナルは勝てない、多分かなではそう思ってる。オレらから言ってもアイツはきかないんだ。火積からも言ってやってくれよ」
「・・・・・・そうか、わかった」
「火積の言葉ならかなでも言うこと聞くしな」
「・・・?それってどういう・・・」
火積が怪訝そうな顔をして見上げると苦笑したままの響也が「そのまんまだよ」とため息混じりに答えた。言葉の意味そのままだと言っても恐らく額面どおりにしか受け取らないだろう事は響也もわかっていること。気持ちを知っていても伝えるのは本人であって、自分ではない。少し歯がゆくもあるが、幼馴染のことを思うとその方がいいと思うから。
「かなではさ、頑張りすぎるところあるんだよな」
「・・・・・・そうだな」
一瞬だけ見せた火積の柔らかい表情。お互いのことを気づかないのは本人達だけであって周りは分かってしまう瞬間だ。自覚がないのだろうか、締りのない表情になっていることを。
「無理しなきゃいけない時もあるが、無理しなくていい時もある。その加減がもう少し分かればいいんだけどな。まぁ、かなでだから仕方ないっか」
諦め半分、でも分かっているからこそ理解していることも半分。複雑な胸の内を呟いて響也はちら、と火積を見つめると少し心配そうにかなでを見つめる火積の眼差しに気づいた。
「もう少しだけ一緒にいてやってくれ。オレは練習してくる」
「あ、ああ・・・・・・」
「じゃあな」
手をひらひらと振って響也はラウンジを後にした。
一方で、一人残された火積はゆっくりとかなでを見つめ、小さなため息を吐いた。この小さい身体で懸命に頑張る姿を見ていると応援したくなる。
頑張って、真っ直ぐと前を向いているかなではいいな、と火積は思っている気持ちを胸の内に密かに抱いていた。
すやすやと眠る少女が音楽に打ち込めるように、そう願いながら火積は手に持っていた文庫本をかなでの傍らで読み始めた。
もう少しだけ傍にいようと思った気持ちは応援したい気持ちとはまた違う感情であることをまだ火積は気づいていない。
そしてここが賑やかな空間になるのは数十分後の話である。
寮に帰ってきた後輩と先輩にあらぬ疑いをかけられた火積は真っ赤な顔をしてそれを全力で否定するのは分かりすぎた未来でもあった。
終