ちょっとした好奇心が勝った、と言っても間違いではない。
かなでのちょっとした欲望が言葉をするりと唇からこぼれ落ちた。
からかってみたい、その衝動が胸の中で疼く。
「あ、八木沢さんかわいい」
「え?」
熱い夏の昼下がり。息抜きに一緒にお菓子を作り始めたのだが、作業に夢中になっていたからだろう、八木沢の頬にクリームがついていたのをかなでが見つけた。
かなではそんな八木沢に気づいてころころと笑う。
八木沢は一瞬何が起きたのか分からず首を傾げていたのだが、かなでが笑うものだから何となく察しがついたのだろう、顔に何かついてないかを確認した。
慌てる八木沢を見ていると更に可愛さが増す。かなではなかなか取れないでいる八木沢の頬に指先を伸ばした。
そっとクリームがついている部分にかなでの細い指が触れると、八木沢はびくりと肩を揺らした。
「あ、ごめんなさい」
「い、いえ。あの、ここについてますか?」
「あ、はい。クリームが・・・・・・」
かなでの触れた部分に八木沢が触るとクリームが指先につく。ああ、これかと納得したのか八木沢は小さく苦笑いをした。
苦笑いする八木沢にかなではまだにこにこと笑っており、まだありますか、と八木沢が尋ねるとううん、と首を左右に振る。
どうして笑っているのかわからなかった八木沢はかなでへと尋ねた。
「あの、小日向さん・・・・・・」
「あ、すいません。変とか何かついてるとかそういうので笑ってたんじゃなくて」
「じゃあ、子供っぽいとか?」
「ううん、そうじゃなくて。かわいいなぁって」
「え?」
予想していなかった答えに八木沢はぽかんと口を開けて呆けた。
「何て言った方がいいかなぁ。何て言うかですね、頬についてるのに気づかないくらい一所懸命な八木沢さんの横顔とか、慌ててる顔とかかわいくて、なんかぎゅっとしたくなっちゃうっていうか・・・・・・」
「こ、小日向さん・・・・・・」
「って、あの、ちょっとからかってみたかったっていうか、かわいいからつい言っちゃったって言うか」
何て説明すれば良いんだろうとうんうん唸らせるかなでに八木沢は苦笑した。かわいいと言われると少し複雑な気持ちだが、そう言っているかなでの方がよほど可愛いというのに。
恐らくかなで自身はそんなこと一ミリも考えていないだろう。ぎゅっとしたくなるのはむしろかなでの方だ。
「小日向さん」
「あ、はい」
「そう言う小日向さんの方がすごくかわいいです」
「え?」
急に話を振られたかなでは驚いた表情からみるみると頬を紅に染め始めた。急に何をと表情が物語る。
本当ですよ、と笑う八木沢にかなでは頬を染めながらじっと見上げた。
「・・・・・・もしかして仕返しですか?」
「あ、わかりましたか?」
「もう、八木沢さんってばずるい」
「そう言う小日向さんがずるいからですよ」
ぷっとお互い合図もないのに同時に吹き出すと笑みが溢れた。くすくすと笑いながら互いの瞳を見つめる。
その瞳はどことなくあたたかくてかなでの心の奥底から満たされた気がした。
いつだって優しくて、可愛くて頼れる素敵な人、それが八木沢雪広と言う人だから。
たまにその可愛いところが見たくてからかってみたくなるけれど、それを嫌とは決して言わない。
むしろ言い返されて自分の方が紅くなっているのに、それでも懲りることなく八木沢に挑んでは負けている。
それでもいいやと思えるあたたかな気持ち。
こうやって一緒にいられる時間が嬉しくてしかたない高揚した気持ちを胸に秘めながらかなでは微笑んだ。
「あ、早く作っちゃいましょう。響也たちが帰ってきちゃう」
「そうですね。みんなにびっくりしてもらわないといけませんからね」
内緒の二人だけの時間。
からかいたくなるくらいのかわいい表情が胸の瞳の奥に焼きついてはなれなかった。
終