一瞬だけ見惚れたその横顔は、七海にとって予想外のこと。
映画に行こうよ、と誘われたのは一週間前のことで、自分でも面白いくらいにその約束を楽しみにしている自分がいた。
何かあったの、と母に尋ねられても頑張って誤魔化すことしかできなくて、恐らく母は気づいているんだろうなと思う。
でも誰ととか言うのは何となく恥ずかしくて七海はただ一人その約束の日を楽しみに待ちわびていた。
「あ、こっちこっち。七海くん!」
「小日向先輩!」
映画館の傍で待ち合わせていた七海は制服のままで駆け寄る。平日の学校帰り、映画の券を持っていたかなでからの誘いだった。
「急にごめんね。この映画見たいなって思ってたのと、七海くんと見たいなって思ってたから」
「いえ。誘ってもらえて嬉しいです。オレ、すごく楽しみにしてたんですよ」
「本当?私も七海くんと見れるのすごく楽しみにしてたの」
えへへと微笑むかなでに七海の鼓動はことり、と揺れ動く。そんなこと言われるとどうしようもなく嬉しくてたまらなくなってしまうじゃないか、と七海は一人ごちた。
だが、当のかなではと言うと映画のことの説明をすることでいっぱいらしい。この話はね、と事前に集めたのだろう情報を口にしていく。
「ラブストーリーだけど結構たくさんの人が見てるからお勧めだって友達に言われてたんだ」
「オレ、わりと何でも見るんで大丈夫ですよ」
「ホント?そっかー。良かった!じゃあ行こう」
かなでに手を差し出され、一瞬七海は躊躇したもののその手に自分の手を重ねる。
別に付き合っているのだから普通だといえば普通なのだ。かなでは自分の彼女なのだし、と七海は自分に言い聞かせる。
かなでは嬉しそうに手を繋ぎながら「あ、ポップコーン食べる?」とか「飲み物いる?」と尋ね、その度に七海は浮き足立った気持ちを抑えながら「あ、はい」と答えた。
夕食前だということもあって、ポップコーンは諦めたものの、飲み物だけ買うと二人で案内されたスクリーンへと歩いた。
上映開始まであと五分だったらしく、そこそこに人が入っているのを見受けると自分達の席に座る。予め予約をしていたこともあり、良い席で見ることが出来た。
少しおしゃべりをしてからスクリーンに映像が映し出され始めるとそのまま食い入るように映画を見始める。
仲が良かったはずの主人公達が少しずつすれ違い始め、色々な経験を経て漸く二人は互いの気持ちを言うことができ、ハッピーエンドを迎える、と言うある意味お決まりな話。
時折演出や話の構成が良いせいかそんな陳腐な言葉では語れないような話に仕上がっていて、七海も思わず見入ってしまう。
クライマックスシーン、主人公の昂ぶった気持ちとシンクロするように見ていた人々の目に涙が浮かび始め、すすり泣く音が七海の耳に届いた。
そして隣にいるかなでも例外ではなかったらしい。
ほろり、と涙をこぼして画面を見つめる。その横顔に七海はただ黙って見つめていた。
あまりに綺麗な横顔だった。
涙が白く輝いているのが目に映り、食い入るようにかなでを見つめてしまう。
自分よりも年上だけど、たった一つしか違わないはずなのに。
綺麗、だなんて。
なぜか一人置いてけぼりを食らったような、かなでだけが大人の階段をいつの間にか昇っていたような、そんな淋しさを覚えた。
綺麗な涙を流す人はいいなと思っていただけに、かなでがそれに該当すると考えていなかったのかと考えるよりも淋しいと思ったなんて。
オレよりも、先に行かないで下さい。
あなたの隣にいたいと思うから、せめてもう少しだけ待って下さい。
少しであなたよりも大人になるから、頼られるような人になるから。
七海の切実な願いはかなでに届くのかわからない。
でも自分の胸に想いを刻んでまっすぐと前を見据えた。
「ねぇ、七海くん」
「はい?」
「ちょっと身長伸びたよね」
「え?」
じとっとかなでは七海を見上げた。映画の帰り道、食事を終えた二人はかなでが住む寮までの道を歩く。
「そ、そうですか?」
「うん。なんか少し高くなった。少し近くてちょっといいなーって思ってたのに」
「いい、ですか?」
「だって響也とか身長高くて首が痛くなるんだもん。私のことちびって言うし。ひどいよね。ハルくんくらいだよ、身長近いの。でもハルくんも伸びそうだもんなぁ」
がっくりと肩を落として残念そうな声を出すかなでに七海は小さく笑った。やっぱりかなではかなでなのかもしれない。
「オレも身長伸びますよ。いや、伸びたいな」
「男の子って伸びるよねー。私なんて伸びないし・・・・・・七海くん、あんまりでかくならないでね」
「それはちょっと受けかねる答えですけど」
苦笑いを浮かべながら七海は答える。少なくても10p以上は差が欲しいと七海は思っていた。かなでは小柄だからそこまで大きくならなくてもいいだろうけれど。
少なくても大きい方がやっぱり男としては嬉しい。
「最近身長だけじゃなくて七海くん大人っぽくなったから、私先越されそうだよ。それはすっごく困る」
力を入れて答えるかなでにそれはオレもちょっと困る、と苦笑した。すっごく、に力を入れなくても良いではないか。
ただでさえ自分の方が年下で負けてる部分は多いのだから。
「とりあえず、大人になったら小日向先輩をリードできるようになりたいって思いますけど」
さらりと言う七海に今度はかなでの方が困った顔を浮かべた。そんなことすらっと言うなんてある意味反則に近い。
ずるいなぁ、男の子ってとかなでは思っていた。
「・・・・・・大人だったら、許す」
それが精一杯の譲歩。かなでからの譲歩に七海は笑って返した。
それが七海の答え。
あなたを守れる立派な人になりたいと思う七海の願いがあることをまだかなでは知らない。
終