本当に大事なことは言えないまま


大好きなんです、そう言いたかったのに言えなかった。
何でだろう、違う言葉ばかり出てきて肝心なことは何一つ言えずにいた自分が悲しかった。


好きだと意識したのは彼――オーケストラ部副部長の榊大地からファーストには向いていないと言われたくらいの時だったとかなでは記憶する。
応援してる、頑張って、そう言われていただけに榊の反対はショックで、でも当然と言えば当然でもあった。
だからわからないでもない、でも悔しい、そんな気持ちで毎日練習をしていた時に気づいたのだ。
見返してやりたい、良かったと言われたい、そう思った時、真っ先に浮かんだのは榊の顔だった。
見返してやりたいはもちろんのことだが、良かったと言われたいと思ったのは自分でも予想外で、それだけに榊のことが気になっている自分がいることに初めて気づいたのだ。

『ひなちゃん、良かったよ』

ただそう言われることを願って頑張って、本当にその言葉を言われた時は嬉しくて。
たくさんの人からの声の中で榊の言葉だけが輝いて見えた。そう意識してしまうと気づいてしまうもの。
ああ、そうか。私は大地先輩が好きだったのか、そのことを初めて意識したのだった。
好きだと気づけば想いを伝えたいと思うのは当然のこと。しかも榊は内外問わず人気が高い。女性への優しさが上手い分、榊に対して好きだとアプローチしてくる人間は多いのだ。
本人はそれを平然と流しているところがあるのだが、それを見ているとかなでは複雑な気持ちになる。
自分もそうなのだろうか、と。
だが、やはり想いを伝えたいと思うのは恋をしていれば当然思うことで、でも言えずにいるのもまた乙女心でもあった。
そんな折に見つけたチャンス。部室に二人だけでいる機会があり、少しだけ緊張しながらも二人で過ごしていた時のことだ。

「ああ、ひなちゃん。その楽譜はそっちの棚に仕舞ってくれる?」

「あ、はい。あの、これはどちらですか?」

「それはこの棚の下だね。・・・そこの部分にあるよ」

ここですか、と尋ねながらかなでは榊の言ったとおりの箇所に片付けていた。
ある意味普通の光景と言えば光景で、だから何もないと思っていたのにそのキッカケは突然やってくる。
上の段の楽譜を入れようと背伸びをして爪先立ちになりながらかなでが腕を伸ばしていると、背伸びをしているかなでに気づいて榊はひょいと楽譜をかなでの指先から持ち上げた。

「あ・・・・・・」

「ごめんね、ひなちゃん。頑張っていることに気づかないなんて」

「い、いえ。私の身長が低いだけですし・・・・・・」

「それでもそう言う時はもっと頼ってくれていいのに」

「でも、なんか悪いなって」

「そういう遠慮はいらないよ。ひなちゃんなら大歓迎さ」

微笑みながらかなでの手から持ち上げた楽譜を榊は仕舞った。かなでは榊を見上げながらその身長の高さを羨む。
(いいなぁ、あれだけ高かったら同じ視線で色んなものが見えるのに)
ぼんやりと考えながらかなでが榊を見つめていると、榊はその視線に気づきくす、と微笑みながらかなでの顔を覗きこんだ。
覗き込んだ距離が少しだけ近かったせいもあるだろう、かなでは間近に見えた榊の顔に思わず心臓が跳ね上がりそうになるのを抑えた。
(ち、近すぎる)
いくらかなでのことを後輩だと思ったところで、かなで自身は単なる先輩と思っていないのだから、余計に緊張した。
近くに顔があると思うとどうしていいのかわからない。
半分パニックになりながらかなでが頬を赤らめると、榊は距離が近いことに気づいて「ごめん」と呟いた。

「い、いえ。大地先輩が悪いわけじゃないので」

「でも、困った顔をさせちゃったみたいだし・・・・・・」

「これは私が勝手になったことで、大地先輩は全然問題ないんです!私が悪いだけです!」

そう言うのが精一杯で、でもどこかでこれがチャンスだとも言っている声に気づいた。
こんな状態で告白なんてできるわけがない。
顔に熱が集中していて、どうしようもなく恥ずかしい顔をしているのはわかっているから余計にそう思うのだ。
こんな状態で『好きです』なんて言えるわけない。

「・・・・・・ひなちゃん?」

「あ、いえ、あの、ごめんなさい!」

かなでは頭を下げながら持っていた楽譜を棚に仕舞い始める。今やるべきはこの楽譜の整理であり、告白じゃない。
そう気持ちを切り替えてかなでは楽譜と棚を交互に見つめていた。
横で榊が怪訝そうな顔をしていたけれど、今は気にしないふりをすることで精一杯だった。
今は話しかけないで、前だけを向いていて。かなでの願いが叶ったのかただ他愛のない言葉を交わしながら目の前の作業に没頭するかなでと榊がいたのだった。
本当は違うことを口にしたかった。でもそんな勇気がなくて。
結局、本当に大事なことは言えないまま。
伝えたい言葉があるのに言えないもどかしさを心に刻んでかなでは小さなため息を吐いていた。


あなたに伝えたい言葉。
それは唇が綴るたった四文字の音。

本当に伝えたい、大事な気持ち。






*あとがき*
大地×かなででもかなで視点の話。
ある意味かなで視点で集中したのはこれが初めてかな?
大地があまり出張らなかったのは珍しいと言うか、新鮮だったと言うか、とにかくちょっと変わってて面白いなと思って書きました。
まだ片思いなかなでちゃん。でも何気にこの時には既に大地もかなでのことが好きだったという設定です。が、それは反映されていませんが(苦笑)。
ちょっとだけ揺れ動く乙女心が書けて満足ですが、全然甘くないですねー、これ(苦笑)
すいません、相変わらずで。
この作品のタイトルはシュガーロマンスさんから頂きました。