それは暖かな陽射しが差し込む寮の椅子に座っていた時のこと。
夏と言う季節が過ぎ、秋の色が濃くなり始めた休日。かなでは洗濯物を外で干し終えると疲れた身体を癒すために椅子に座った。
くてーっと腕を伸ばして軽く首を回す。
「どうした、小日向」
「あ、律くん。今洗濯物やってたの。疲れた〜」
「そうか。今日は結構晴れているから良い感じに乾くだろうな」
「うん。そう思って頑張ってみた。律くんは?」
「俺はヴァイオリンの弦を張り替えていた。あと資料も」
そう言って律の手元を見るとそこには何やら資料らしきものがある。
よくよく見るとヴァイオリンのカタログと学校案内らしきものが目に見えた。
「律くん、それ・・・・・・」
「まだ考えている段階だ。でも悪くない選択肢だと思ってる」
「律くん・・・・・・」
律の左腕は爆弾を抱えていた。またいつその腕に痛みが走るかわからない。
ヴァイオリニストとしての道はほぼない、に近い状態なのはかなでの目から見ても明らかだった。
でもやはりヴァイオリンが好きなのだろう。ヴァイオリンに関わる道を選び、そして多分律の中で答えが見えてきたのかもしれない。
そう思ったら少しだけかなではほっとした。
「律くんがそう選んだなら私は間違ってないと思う」
人一倍ヴァイオリンが好きな律だ。やっぱりヴァイオリンと共にいてくれるのが一番嬉しいとかなでは思う。
「そうか。・・・・・・小日向に話をして少しほっとした」
「私でよかったの?」
かなでは驚きながらも、律の言葉は素直に嬉しいと思ってしまう。心臓がことりと揺れ動いていた。
「小日向だから話をしたんだ」
「・・・・・・律くん、ずるいなぁ」
「そうか?」
「うん。ずるい。でも、嬉しい」
「・・・・・・そうか」
かなでは腕をうーんと伸ばして肩を軽く回した。それを見ていた律は小さく笑うと「小日向」と名前を呼ぶ。
「何?どうしたの、律くん」
「冷蔵庫に水嶋から貰った和菓子がある。食べるか?」
「ホント?わーい!じゃあお茶の用意をするね」
「ああ」
疲れきっていたはずのかなでの表情が和らぐとすぐに腰を上げてお茶の準備をし始めた。
そんなかなでを見て律は思わず目を細くする。小さいながらにも色々と動き回るかなでを見ているとこっちまで元気が出てくるのだ。
それが不思議だと思うと同時に、かなでのころころと変わる表情に目を奪われている自分に気づく。
何よりも傍にいてくれるこの雰囲気が自分にとって一番安らげるということに気づいて思わず苦笑した。
「感謝の言葉しか浮かばないな」
何気なくいつも隣にいるかなでの存在は大きい。夏の全国学生音楽コンクールでもかなでの存在に随分と助けられた。
小日向がいるからこそ明るく、頑張るの一言でやれたのかもしれない。
「ん?律くん何か言った?」
「・・・・・・いいや、何でもない」
「ふーん?」
お湯を沸かすかなでの横顔を見つめながら律は自分の手元にある資料へと視線を移す。
ヴァイオリンに携わる仕事がしたい、そう思った律の選んだものだ。
かなでの祖父がやっているヴァイオリン職人。小さな頃は毎日のようにそこに通っていた自分がいたのを思い出した。
その選択肢を選べたのもかなでの存在が大きい。
『律くんのヴァイオリン好きだよ』
それを今度は自分が作ったヴァイオリンが、の言葉が入ればいいと思っていた自分がいた。
そんなことを知らないかなでは暢気にお湯が沸くのを待ちながら冷蔵庫に入っていた和菓子を取り出して皿に盛っている。
こうやって見ているとのんびりとした女の子にしか見えないのに。
「小日向はすごいな」
「へ?何、どうしたの、律くん」
「いや、色々とそう思っただけだ」
「・・・・・・変な律くん」
首を傾げながらかなでは苦笑すると沸いたヤカンを持って急須にお湯を注いだ。
仄かに香る茶葉のいい香りが律の鼻を掠める。そしてゆっくりと窓の外へと視線を向けた。
秋色の空が広がる昼下がり。
寮でのんびりとお茶をしながら話をできるこの時間は実は貴重なのではないだろうか、と律は密かに思う。
かなでと二人でいる時間。自分にとっての安らぎの時。
陽のあたる部屋でのひとこま。
終