笑顔の法則


ああ、やっぱりそうやって笑ってくれると思っていた。
水嶋悠人は彼女――小日向かなでの笑顔を見て確信していた。


事の発端はかなでの何気ない一言だったように思える。
昨日見ていた子犬の映画が可愛くてでも切なかったのとかなでは真剣な眼差しでかなでは話し始めた。
子犬が飼い主と奏でた物語。
子犬は元気でいつも飼い主と一緒で、でもその飼い主が友達と遊ぶことに夢中になると子犬との時間が減った。
だが、子犬はちゃんと飼い主を待ち続けた。家にいる時は一緒にいた。でも、どんどん飼い主との時間は減ってくる。
そんな折、子犬は病気に掛かってしまう。
残りわずかな時間しかないことを知ると飼い主は子犬とずっと一緒に病気に勝とうと頑張った。
だが、子犬の時間はあっけないもので、成人になっていない子犬にはその病気に勝つ力はなかったのである。
そっと眠るように息を引き取った子犬。子犬が亡くなったことに落ち込みながらも前へ歩こうとする飼い主。
そんな子犬と飼い主の話を見てかなでは泣いたのだと言う。
黄昏の空の下、ヴァイオリンケースとチェロケースが同じように揺られているはずなのに、ヴァイオリンを背負っている背中はひどく心細い。
かなでの真剣な話に悠人は耳を傾けながら優しい心根を持つ少女の涙に困った表情を見せた。
自分が泣かしたわけではない。
でも、泣いている彼女の姿は見たくない。
太陽のような笑顔を浮べて自分の名前を呼んでくれる大切な人だから。
だからどうにかして笑っていて欲しいとそう思った悠人はかなでの話に相槌を打ちながら頭の中を張り巡らせる。

「・・・その子犬はきっと悲しくなかったと思いますよ」

「・・・・・・え?」

ずっと利き手側にまわっていた悠人が突然言葉を口にしたことで空気ががらりと変わった。

「きっと短い間ではありましたけど、飼い主の気持ちは伝わったはずです」

「ハルくん・・・・・・」

「そうやって泣かないで下さい。あなたが泣いていると、あの子犬も浮かばれませんよ」

ほら、と悠人はかなでの頬に伝う雫を掬った。そっと触れる指先がじわりとかなでの心に響き渡る。
悠人はそっと包み込むような眼差しでかなでを見つめていた。茜色の空が二人を見つめている。

「きっとそうやって見てくれたあなたの気持ちも、きっと」

「そう・・・かな・・・・・・?」

「ええ、きっと」

泣かれるのはきっと誰もが辛い。それが好きな人ならば尚のことだ。
悠人にとってはかなでを。その子犬にとっては飼い主を。
泣いている姿はきゅっと胸を締め付けるから。

「だから泣かないで下さい、かなで先輩」

犬の気持ちはわからない。でも好きな人へと紡ぐ想いはきっと同じはずだ、そう悠人は思う。
子犬の気持ちを代弁するわけではないが、悠人はゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

「子犬もこう思っているはずです。笑ってと。好きな人には笑っていて欲しいでしょう?」

違いますか、とやんわり諭すような口調はいつも悠人が見せるかなでへの気遣いだということをかなでは知っている。
潤んだ瞳が悠人を見上げるとうん、とかなでの顔が柔らかになった。

「ありがとう、ハルくん」

「いいえ。僕は・・・・・・」

「ハルくん、大好き!」

ぎゅっと悠人の腕にかなでは抱きつき、悠人は驚きながらも仕方ないなと溜息を吐いた。
素直に感情を表す人だから放っておけない。泣いていて欲しくない、笑っていて欲しい大切な人。
泣いているかなでを笑わせるなら気持ちを汲んでやることと、プラスだと思うことを口にすることだろうと悠人は思っていた。
前向きな彼女ならその意図もすぐに読んでくれる。だからと選んだ言葉は間違ってはいなかった。
嬉しい言葉や楽しい言葉はすぐにかなでを笑顔にする、それがかなでが笑顔になる法則。

あなたが笑ってくれるならどんな言葉だって何だってしますよ。

そっと胸の内で悠人は言葉を紡ぐ。
好きになった人の笑顔が一番大好きだから。






*あとがき*
久しぶりのハルかなでした。ハルちゃんかっこかわいくて好きなんですよねー。かなでの涙には絶対に弱いと思います、ハルちゃんだし。まぁ、それは皆も同じですが。きりっとしているハルちゃんだけど、こういう時はちょっとうろたえるんだろうなぁと思うとちょっとにやけてしまうんですよね。そう言うギャップが好きです。恋の一進一退で10のお題(天球映写機様)から頂きました。ちなみにこのお題だと6番目になります。