だって、私は間違ってないもん。
そう一言呟いた彼女の一言が火積には忘れられなかった。
彼女がそう小さな声で呟いたキッカケは些細なことで、火積もある意味苛立っていたのだが、それ以上に彼女――小日向かなでが少し苛立ちを覚えていることに火積は驚いた。
かなでは普段滅多に怒らない。それは幼馴染である如月響也もかなでの友人である支倉仁亜も言っていた。ふわふわとしたイメージのあるかなでが苛立っているのはおかしい、それが最初のキッカケだったと火積は記憶する。
「・・・・・・小日向」
「ん? どうかしたの、火積くん」
「どうかしたの、はあんたの方だろ」
「・・・・・・・・・」
「あんたのこと、みんな・・・心配してるんだ。・・・・・・俺も、らしくねぇと思う」
それまで黙っていたかなでが不意に顔を上げて火積をまっすぐに見つめる。
その瞳の色は揺れていた。
「・・・・・・無理して笑ってるんじゃねぇよ」
無理して笑わなきゃ自分はダメなのか。頼ってすらもらえないのか。
傍にいないから、わからないから、だからこんなに苛立つのだろうか。
好きだと思う感情が何を真実なのかわからなくする。
こんな経験は今までになかった。自分が身を引けば話は終わる、そう言うものばかりだった。
だが、今はそれをしてはいけないともう一人の自分が警告する。自分を好きだと言ってくれた少女の悲しみの色を拭いたい、そう思うのならば。
―――あんたには笑っていて欲しいんだ。
「・・・・・・無理してなんか、」
「ないとでも言うのか?そんな顔で」
何も気づかないのならばそれでもいいのかもしれない。かなでの好きなようにさせても別に何とも思わないだろう。
だが、今の火積は違う。かなでの一つ一つの動作でも気になってしまう。素直に心から笑うかなでが一番好きなのだ。
きっぱりとかなでの言葉を弾き、火積はもう一度かなでへと問うた。何をそう躊躇わせてしまうのか。
どうして何も言ってくれない?
「・・・・・・どうして」
みんな気づかなくてもいいことばかり気づく。
かなではやや下へ瞼を伏せてぽつりと呟いた。
「・・・・・・あんたのことが好きなんだよ、みんな」
だから気づくんだ、火積はかなでの腕を掴むと自分の胸へと引き寄せ、抱きしめた。
不意に触れた火積のぬくもりにかなでの顔がくしゃりと崩れる。泣かないと決めたのはいつだったのか。
火積の前では泣きたくない、笑っていたい、そう思っていたはずなのに。
「・・・・・・ずるいよ、火積くん」
「・・・・・・ああ、そうかもしれねぇな」
「・・・私が言うと思った?」
「いや。ただ言ってくれるといいとだけ思ってる」
かなでの言葉を退けるわけでもなく、むしろそれを受け入れる火積にかなでの心は揺れた。
素直に頷かれると却って逃げ場を失ってしまう。答えを言わないという選択肢はどうやらないらしいことをかなでは悟った。
だが理由を言うことにも抵抗がある。傷ついた火積の顔は見たくない。
だから意地になることを選んだのだ。あの言葉は自分だけが心の中で封じておけばいい、そう思っていた。だからかなでは一言だけ呟く。
「私は、間違ってない・・・もん」
こうなることを選んだことも。かなでが言わないと決めたことが何を意味するのかは火積にはわからない。
だが、一つだけ言えるのはかなでの顔から笑顔が消えてしまった、泣かせていると言うことだけは確かで。
「・・・・・・俺には何があったのかはわからねぇ。・・・・・・何をしてやればいいのかも正直わからねぇのは辛いんだ」
あんたがそんな顔してるのに、俺は何もしてやれてねぇ、そう呟く火積の声に滲む悔しさがかなでの耳の奥に残る。
自分が逆の立場なら理由を知りたいと思うのは当然なのだ。でも、やはり言うことにためらいがあった。
『あんなガラの悪い奴と付き合ってるのか?やめとけ』
なぜそう他人に言われなければならないのか。
火積のいいところを自分は沢山知ってる、いい人だと言うことも知ってるのに、それが通じない歯がゆさがあった。
ぎゅっと自分の手を握り締めながら唇を軽く噛む。
「ごめんね、火積くん」
ぽつり、こぼれ落ちた音に返す言葉はない。ただ抱きしめられていた腕がより強くなっただけ。
それでもその腕の強さがかなでの心にあたたかく染みる。
泣きそうだった。
でも泣かないと決めたから必死で堪える。
あなたの前では泣かない。
そう、決めたのは自分。だったら笑っていなきゃいけないのに、心配ばかりかけてる。
そんな自分の不甲斐なさをかなでは一人嘆いた。
隠し通せるぐらいに笑っていられたらいいのに。
「・・・・・・大好きだよ」
自分の気持ちをそっと言の葉で綴ると、かなでよりも低い音が応える。
少しだけ照れた優しい音に耳を澄ませてそっと瞳を閉じた。
終