季節は少しずつ変わってゆく。
全国音楽コンクールが終わって翌日、火積達至誠館の仲間達は長い合宿生活を終え、故郷へ帰ろうとしていた。
菩提樹寮までの見送りでいいと言ったはずなのに、かなでは駅までついていくと言ってきかず、火積は折れる形で同意する。
だって、しばらく会えないでしょ、淋しいもんと言ったかなでの表情に根負けしたのもあった。
東京駅に着き、かなでら星奏学院メンバー、そして一緒に寮にいたニアが至誠館メンバーを見送る。
かなでは少ししょんぼりとした顔をして火積を見上げた。
「メールするね。電話もするから」
「ああ・・・・・・俺も、する」
「今度は私の方から会いに行くから」
「いや、俺がこっちに行く。だからあんたは、待ってろ」
「えー。私仙台に行きたいのになぁ」
「じゃあ交互にすればいいじゃないか」
「ニア」
「そうだろう?そうであるならフェアだ」
「確かにそうだね。じゃあ、そうしようよ、火積くん」
不満そうだった表情が一転して明るい笑顔に変わる。かなでの笑顔はいつだって火積にとっての明るい太陽のようなものだった。
この笑顔にどれだけ救われてきたか。
「ああ、そうだ。火積」
ニアが火積を呼びとめ、火積は薄く眉間に皺を寄せると、ニアの言葉に耳を傾ける。
ニアはこっそりと火積に小声である提案をした。
「お前、小日向の写真は欲しくないか?」
「は?」
何をいきなり言ってるんだと言わんばかりの表情を浮かべる火積にニアは面白そうに語りかける。
「時には面白い写真も混ざっているかもしれないぞ」
「いや、俺は・・・・・・」
「いるのか?それともいらないのか?」
ニアに問い質された火積は「い、いる」と返事をしてしまい、ニアの笑みが更に深くなった。
火積とて男であり、好きな人の写真ならば欲しいと思って当然だろう。
だが、どうもニアに弄ばれているようで釈然としない。
「火積くーん? ニアー? 何、二人ともこっそりと話してるのかなぁ」
「え? あ、いや・・・・・・」
「何、ちょっとした情報提供だ。小日向は気にすることないぞ」
「それ、すっごく怪しいんだけど」
「へぇ、小日向も少しはわかってきたのか」
「ニア、それって私がすごく鈍いって言ってるような気がするんだけど?」
「わかっているじゃないか」
くすくすと笑いながらニアはかなでの文句をさらりとかわす。
かなでも深く追求するのは無理だと悟ったのかそれ以上文句の言葉を並べることは無かった。
「ニアのいじわる。あ、火積くん、そうだ、これ渡そうと思ってたの」
かなでは言いながらあるものを取り出すと火積に手渡した。
受け取った火積は袋に入った箱のようなものを見て不思議そうな眼差しを向ける。かなでは微笑みながらそれね、と言葉を続けた。
「帰りの電車の中でみんなで食べて欲しいなって思って作ったパウンドケーキ。小分けになってるから食べやすいと思うよ。あと、もう一つの袋は火積くんにだけ」
「俺に・・・・・・?」
「うん。クッキー、作ったの。甘さ控えめにしておいたから食べやすいと思うよ」
火積がそこまで甘いものを食べないことはかなでは知っていた。食べれないわけでもないし、貰えば食べる。
ただ、自分が好んで買うことはあまりなく、そのことを知っていたかなでなりの優しさがここにあるのだと火積は知る。
「悪ぃ、小日向・・・・・・ありがとな」
「ううん。火積くんに何かしたいなって思ったら作ってたんだ」
えへへ、と照れながら言うかなでに火積は小さく笑う。
これだから、かなでには敵わないと思うのだ。
受け取った物を手に持ちながら火積はさらりと流れる少しばかり涼しい風を感じて小さな息を吐いた。
かなでもその風に気づいたらしい、火積を見つめながら言葉を紡ぐ。
「・・・・・・いつの間にか、秋の風・・・だね」
秋がくればまた暫くは会えない。
次に会えるのはいつになるかはわからないけれど。
「ああ・・・・・・そうだな・・・」
時は確実に過ぎていっているのを肌で感じた二人は名残惜しそうにお互いの瞳を見つめる。
もうそろそろ時間のようで、「火積」と八木沢の促す声が耳に届いた。
「じゃあな・・・・・・」
「うん。またね、火積くん」
小さく手を振りながらかなでは見送り、火積は仲間達と共に新幹線へと乗り込んだ。
乗り込んだ数分後、アナウンスと共に新幹線は動き出す。
かなでは小さくなっていく新幹線の姿を見つめながらきゅっと唇を結んだ。
これが最後の別れじゃない。
また会えるから。
だから、その日まで楽しみにしておくの。
火積に会えるのを心待ちにしながら、仲間達と共に新幹線のホームを後にした。
一方。
新幹線の車内では相変わらず明るい声が響き渡る。
「いいなー、いいなー、火積先輩、かなでちゃんからいいものもらったでしょ」
「あ?」
「水嶋、もっと言ってやれ。こいつだけなんで彼女ができてるんだよ」
新の声を推す狩野に伊織が苦笑いを浮かべた。
「でも、火積くんの顔、すごく優しいよ」
「ああ、そうだね。小日向さんと一緒にいる火積は穏やかだね」
「そうですよね」
伊織と八木沢は火積のことで意気投合し、火積はどうにもいたたまれねぇ、と口の中で舌打ちする。
これは少しばかり自分の話から逸らさないと面倒だろうと判断した火積はかなでから受け取った袋の中にある箱を取り出した。
ふんわりと甘い香りが火積の鼻を掠める。
「これ・・・小日向から・・・・・・」
「オレたちに?Viva!さっすがかなでちゃん!」
わーい、と子供のようにはしゃぐ新を横目に、火積はため息を吐く。
食べ物を食べれば少しは大人しくなるだろう、そう思いながら火積は窓の外に広がる青い空を見つめた。
遠い場所にいても、この空だけは変わらない。
この気持ちもずっと変わらないと信じているから。
かなでの笑顔を思い出しながら空を仰ぎ、かなでからもらったパウンドケーキに口をつけると胸の奥に広がる熱いものを感じて、火積はもう一度息を吐いた。
終