甘い恋 5題


■ 1 僕の手と、君の小さな手(月日)

汗ばんだ手がぴくりと動いて月森ははっと目が覚めた。ぼんやりとした視界がだんだん色を鮮明に映していく。

寝て、いたのか?

その問いを返すものはいない。
ふと、やけに暖かいことに気づいて月森は思わず横へと身体を向けると、そこには香穂子が瞳を閉じて寝ていた。

香穂子?

そしてもう一つの事実に月森は気づいて白い肌に朱を滲ませる。
その小さな、華奢な手を自分が握り締めていたことに。
どうして、などと問うても仕方がない。ただ一つ言えることはその手を掴んでいたという事実。
そっと掴んでいた小さな手を離してそっと香穂子の膝の上に置く。

小さな手。

傍に落ちていた楽譜が目に入り、ぱらりとページが捲れると努力の書き残しが目に入る。
その腕でヴァイオリンを弾く姿を思い浮かべた。
案外努力をしているのだな、と思ったら彼女を自分自身が認めていた。
記憶を手放す前に小さく優しい声が聞こえてきたのを思い出して、月森は小さく息を吐く。
あれは香穂子だったのだ。優しい声音で告げたのは香穂子の優しさ。

『寝てていいよ。ゆっくり休んで―――』

「君はいつも予想しない言葉を口にするな」

寝ている香穂子を見つめる瞳が細くなり、自然と頬が緩くなるのを感じて
月森は自分のブレザーを脱ぐと香穂子へとそっとかけた。
どうか、優しい夢を。
香穂子が起きるまでの少しの時間。二人で過ごす優しくて甘いひととき。







■2 不意に 香り 不意に 想う(木日)


ふわりと香るのは今まで彼女から感じなかった匂い。
いつものさっぱりとしたような香水ではなく、
少しばかり背伸びしたのだろうかと思わせるような香りが柚木の鼻をくすぐる。
香穂子のようで香穂子ではない香り。でも、それも悪くない。
一体香穂子に何が起きたのか、柚木はふと知りたいと思い、そんな自分に気づいて毒づいた。
何を考えているんだ。

「・・・・・・まったく困ったものだ」

「え?」

香穂子は思わず柚木の漏らした言葉に顔を上げて、不思議そうな瞳を向ける。
柚木の表情は先ほどと大差はない。だが。

「香穂子」

「はい?」

「・・・・・・いや、なんでもない」

「はぁ」

香穂子ののんびりとした口調は柚木を苛立たせる。
自分がなぜこんな小娘に振り回されなければならないのか。
癪に障るな、と柚木は口の中で呟くと香穂子の手を掴む。

「柚木、先輩・・・・・・?」

「どうせ暇なんだろう? だったら少し俺に付き合ってもらおうか」

「は?」

ぐいっと香穂子の手を引っ張って柚木は歩き出す。
振り回されてるのはもう随分と前から。
それが嫌じゃないとは絶対に口が避けても言えない言葉。
自覚した時からわかっていたことなのに。
香穂子から香る匂いが柚木の心をくすぐって落ち着かなくさせ、苛立たせる。
当の香穂子はそんなことは知らないため、困惑した顔をしていたのは当然のことだった。










■3 会えないときも(土日)

たまたまだった。
昨日もその前も、必ず夜に電話をしていたのに。今日は伝えることも、用事になることすらない。
別に決まって電話をしているわけではないけれど、毎日続いていただけに寂しさがふっと沸き立つ。
俺らしくもない、な。
土浦はケータイの画面を見つめてぱたんと閉じた。
明日になればまた会えると言うのに、落ち着かないのはなぜなのか。
答えはわかっているが、それを口にするのは憚られた。
イライラする気持ちと、わからない気持ちと色々なものが混ぜ合わさってより土浦の眉間に皺が寄る。
思わずベッドに身体を放り投げて頭の下に手を組み交わした。

「ったく、どうしろって言うんだよ」

理由がないのなら、理由を作ればいい。
素直になるのも悪くない。

土浦は閉じたケータイを再び開いてアドレス帳を開いた。
と、同時に着信音が土浦の部屋に響き渡る。
名前は見ずとも誰かわかる。
わかってしまう。

「あ、もしもし、土浦くん?」

「おう、どうした?」

会えない時も香穂子のことが気になって仕方ない自分がいて。
こうやって声を聴くだけでほっとする自分もいる。

上擦りそうな声を抑えて、土浦は再びしっかりとケータイを握り締めていた。






■4 触れる肩と 僕の気持ち(水日)

どうしようか、そう思いながら志水は空を仰いだ。かれこれ小一時間、ずっとこのままなのだ。
ぱらりと捲る楽典を見つめては、再び視線を隣へと戻した。

「・・・・・・でも、疲れてるのかもしれないし・・・・・・」

志水の小さな声音は空に溶けてゆく。志水が少し困った顔をしたことには理由があった。

隣で志水の肩を借りて寝ている香穂子の存在だった。
最初はこうではなく、むしろ下を向いてうつら、うつらと首を傾けていたのだが。
隣に志水が座るとバランスを崩したのか、志水の肩に寄りかかってしまったのだった。
払うこともできず、だが、このままだとチェロの練習ができないなと志水は考える。
考える、のだがどうしても香穂子を振り払うこともできない。

「香穂先輩」

志水はもう一度小さな声で名をつぶやいた。
すぅすぅ言いながら気持ち良さそうに眠る香穂子を見つめると志水顔が綻ぶ。
今までみたことない、香穂子の寝顔。

「風邪、引きますよ?」

静かにその声音は紡がれてゆく。志水の優しいその声によって口が形を成した。

「今、何の夢を見ているんですか?」

楽しそうに微笑む香穂子を見つめて、もう少しだけこのままでいようと志水は思う。
志水の胸の音は少しばかり早くて、でも居心地が悪いわけじゃない。
秘めた想いを溶ける空気に託して楽典をぱらりと捲った。


帰るまでの少しの時間。
たまにはこんな日も悪くないと志水は思いながら小さく微笑んでいた。










■5 いちばん。(火日)
カツサンドに、友達。
大好きなものはたくさんあるけど、一番好きなものと問われたら間違いなく答える言葉があった。
本当は声を高らかにして言いたい。けれど、それを言うには勇気が必要で。
まだ言えない、そんな想いが火原の胸をしめつける。

『大好きなんだ、君が』

火原の小さな呟きは口の中に押し込められる。ぎゅっとしたいって思うし、何よりも傍にいたい。
悲しんでる姿も、苦しんでる姿も、何よりも笑っている君が大好きだから。

「だから、笑って」

君の一番好きなところは笑ってるところだから。
一番願うとすればおれを見て笑っていてくれること。

「火原先輩? 何か言いました?」

少し先を歩いていた香穂子は振り返って火原へ視線を向けた。
影が少しずつ長くなる茜色の空の下に二人の影が少しだけ重なる。

「ううん。何でもないよ。さ、かえろっか」

「あ、はい!」

香穂子の声が火原の耳に届いて自然と顔が綻んでいることに気づく。
そんな優しい気持ちになれるのは君がいたから。

いつだって香穂ちゃんの傍にいたいよ。

だって、おれの一番は君だから。
大好きな香穂ちゃんだから、と透き通った言の葉を紡いで、火原は香穂子の影を追って歩き始めた。





*あとがき*
コルダのアニメ化に際して、色々とやりたいことはあったのですが、如何せん原稿が(汗)
本当ならTOPページのタイトル部分をイラスト描いて、とか考えていたんですけどね。
・・・・・・無理でした(沈没)
そんなわけで5人だけですが、それぞれの最終セレクションあたりの友達以上恋人未満です。案の定火原がダントツ書きやすかったんですが、今回は二番手に月森が書きやすかったです。どうした、私って感じでしたが(爆笑)一番書きにくいのは柚木ですけどね。
甘さは控えめですが、少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。
無料配布期間は一週間ですので、それを超えると書庫の方にしまわせていただきます。
貰って行った方は一言拍手で教えていただけると嬉しいです。
この間の新刊といい、5人の短編が多いなぁ、私(笑)

(甘い恋 5題)
花籠御題 http://hanakago.michikusa.jp/
管理人 蓮芭様